「陸、次に何言うか当ててみて」
葵が突然、提案した。
「え?無理だよ。俺、ランダムだし」陸が笑った。
「本当にランダム?」
由紀が二人の会話に興味を持った。「どういう意味ですか?」
葵がノートを開いた。「陸の行動パターンを観察してる。実はそんなにランダムじゃない」
「失礼な!俺は自由奔放だぞ」
「自由奔放と真のランダムは違う」葵が静かに言った。「人間は、ランダムっぽく振る舞えても、真の乱数にはなれない」
由紀が尋ねた。「真の乱数って何ですか?」
「予測不可能な数列。過去の値から未来を推測できない」
陸が考え込んだ。「じゃあ、俺の行動は予測できるってこと?」
「ある程度はね」葵がリストを見せた。「陸は、午後3時になると必ず飲み物を買いに行く。会話で詰まると『まあ』と言う。問題が難しいと、髪を触る」
「観察しすぎ!」陸が赤くなった。
由紀が笑った。「確かに、陸先輩の癖って分かりやすいかも」
「これが条件付きエントロピーの減少だ」葵が説明した。「完全にランダムなら、次の行動は常に不確実。でも、文脈や履歴があれば、エントロピーは下がる」
「エントロピーが下がる…」由紀が考えた。「予測可能になるってことですね」
「そう。コイン投げは、過去の結果を知っても次の確率は50%のまま。エントロピー率は1ビット。でも人間の行動は、過去に依存するから、エントロピー率は低い」
陸が反論した。「じゃあ、もっとランダムに行動すればいいんだ!」
葵が微笑んだ。「やってみて」
陸は立ち上がり、奇妙な動きをした。ジャンプ、回転、手を振る。
「これでどうだ!」
「面白い試みだけど、それもパターンだ」葵が指摘した。「『ランダムに見せようとする行動』という予測可能なパターン」
由紀が感心した。「確かに、『予測不可能に振る舞おう』という意図自体が、予測可能ですね」
「人間は、ランダムネスを生成できない。だから、暗号や乱数生成には物理現象を使う。放射性崩壊、熱雑音とか」
陸が座り直した。「じゃあ、予測不可能って何が良いの?」
「セキュリティ」葵が真剣な表情になった。「パスワードがパターン化してたら、破られる。乱数が予測可能なら、暗号は役に立たない」
「なるほど」
「でも、コミュニケーションでは逆」葵が続けた。「完全にランダムな会話は、情報を伝えない。ある程度の予測可能性があるから、理解できる」
由紀が納得した。「冗長性と同じですね。パターンがあるから、欠損を補える」
「まさに。言語のエントロピー率は、1文字あたり約1ビット。アルファベット26文字なら理論上4.7ビットだけど、実際は文脈で減る」
陸がホワイトボードに書いた。「つまり、俺はランダムじゃないけど、それで良いってこと?」
「良いどころか、必要なこと」葵が言った。「完全にランダムな陸は、コミュニケーション不可能だ」
由紀が笑った。「でも、予測不可能な部分があるのも、陸先輩の魅力ですよ」
「その予測不可能さが、情報価値を生む」葵が補足した。「驚きがあるから、会話は面白い」
陸が嬉しそうにした。「じゃあ、ほどよくランダムがベストってこと?」
「情報理論的にはね」
夕日が部室を照らした。ランダムくんは今日も、ほどよく予測不能なままだった。