「信じられない。完全に読み違えた」
空が試験用紙を見つめた。レオとミラが隣に座っている。
レオが聞いた。「何を?」
「この問題、直感で答えたら間違ってた。よく見れば、明らかに違う答えなのに」
ミラがノートに書いた。「直感は時々間違う」
「心理学では、それを説明する理論がある」レオが言った。「二重過程理論だ」
空が興味を示した。「二重過程?」
「人間の思考には、二つのシステムがある。システム1は速くて直感的。システム2は遅くて分析的」
「システム1が直感?」
「そう。自動的で、努力を要しない。パターン認識に優れている」
空が理解した。「じゃあ、なぜ間違えるんですか?」
レオが説明した。「システム1は、ヒューリスティックを使う。経験則や近道だ」
ミラが書いた。「近道は時々間違う」
「正確」レオが頷いた。「ヒューリスティックは、効率的だが不正確な場合がある」
空が例を聞いた。「どんなヒューリスティックがあるんですか?」
「代表性ヒューリスティック。典型的な例に基づいて判断する」
「例えば?」
レオが問題を出した。「リンダは31歳、独身、率直で知的。学生時代は哲学を専攻し、社会問題に関心があった。リンダは銀行員と、銀行員でフェミニスト活動家、どちらの可能性が高い?」
空が考えた。「...フェミニスト活動家?」
「多くの人がそう答える」レオが言った。「でも、論理的には銀行員の方が確率が高い」
「なぜ?」
「銀行員でフェミニスト活動家は、銀行員の部分集合だ。部分集合が全体より確率が高いことはない」
空が驚いた。「確かに...なぜ間違えたんだろう」
「代表性に惑わされた。リンダの説明がフェミニストのイメージに合うから」
ミラが書いた。「イメージが論理を覆す」
「そう。これが認知バイアスだ」
空が聞いた。「他にはどんなバイアスがあるんですか?」
「確証バイアス。自分の信念を支持する情報ばかり探す」
「それも直感の一部?」
「システム1の傾向だ。矛盾する情報を無視して、快適な結論に至る」
空がノートに書き込んだ。「直感は速いけど、バイアスがかかっている」
「だから、重要な判断ではシステム2を使う必要がある」レオが言った。
ミラが書いた。「でも、いつもシステム2を使うのは疲れる」
「その通り」レオが認めた。「システム2は認知資源を消費する。だから、日常的な判断では直感に頼る」
空が考えた。「では、いつ直感を信じて、いつ疑うべきですか?」
レオが答えた。「専門分野では、直感は信頼できる。パターンを学習しているから」
「専門外では?」
「懐疑的になる方がいい。特に、感情が関わる判断では」
ミラが書いた。「感情は判断を歪める」
「感情ヒューリスティックという」レオが説明した。「好きなものは安全、嫌いなものは危険と判断しがち」
空が理解した。「だから、冷静に考えることが大切なんですね」
「ただし、直感を完全に無視するのも間違い」レオが付け加えた。「直感は、無意識の知識を反映していることがある」
「バランスが必要?」
「そう。直感を出発点にして、システム2で検証する」
空が試験用紙を見た。「この問題も、直感で答えた後、確認すれば良かった」
「それが理想的な思考プロセスだ」レオが認めた。
ミラが書いた。「直感が外れる日は、学びの日」
空が微笑んだ。「良い言葉ですね」
レオが続けた。「人間の認知は完璧ではない。でも、バイアスを知ることで、改善できる」
「メタ認知」空が言った。「自分の思考を観察する能力」
「正確。自分の直感がどこから来るか意識できれば、より良い判断ができる」
三人は静かに考えた。直感は強力な道具だが、盲目的に従うべきではない。
「次からは、直感を信じつつ、疑う姿勢も持ちます」空が言った。
レオが頷いた。「それが知的な態度だ」
ミラが小さく微笑んだ。直感が外れる日も、悪くない。それは、自分の心の仕組みを学ぶ機会だから。