「また距離を置いてしまった」
ミラがノートに書いた。日和とレオが心配そうに見る。
日和が優しく聞いた。「誰かと親しくなったんですか?」
ミラが頷いた。「クラスメイト。優しくしてくれた。でも...」
「でも?」レオが促す。
「怖くなって、避けてしまった」
日和が理解した。「親しくなるのが怖いんですね」
ミラが強く頷いた。涙が溢れそうだった。
レオがノートを開いた。「それは愛着理論で説明できる現象だ」
「愛着理論?」ミラが書いた。
「幼少期の養育者との関係が、大人になってからの対人関係に影響する」
日和が補足した。「安全な愛着を持つ人は、親密さを恐れません」
「でも、不安定な愛着の人は?」ミラが聞く。
「親密さを求めながらも、恐れる」レオが説明した。「矛盾した気持ちを抱える」
ミラが共感するように頷いた。
「ミラさんは、もしかして恐れ回避型かもしれません」日和が優しく言った。
「恐れ回避型?」
「親密さを望む。でも、傷つくことを恐れて距離を置く」
ミラが震える手で書いた。「まさにそれ」
レオが聞いた。「なぜ傷つくことを恐れるの?」
ミラが考えた。長い沈黙の後、答えた。「昔、信じてた人に裏切られた」
日和が手を握った。「辛かったですね」
「それ以来、近づくことが怖い」ミラが泣いた。「また傷つくかもしれない」
「それは自然な反応」レオが認めた。「防衛機制の一つだ」
「でも」ミラが書いた。「孤独も辛い」
日和が優しく言った。「ジレンマですね」
「どうすればいいの?」ミラが助けを求めた。
レオが説明し始めた。「まず、自分の愛着スタイルを理解すること」
「理解したら?」
「パターンに気づける」日和が言った。「『また距離を置こうとしてる』と認識できる」
ミラが頷いた。「でも、それだけで変わる?」
「すぐには変わらない」レオが正直に答えた。「でも、選択の余地が生まれる」
「選択?」
「自動的に避けるのではなく、意識的に留まることを選べる」
ミラが不安そうに書いた。「留まるのが怖い」
「怖くて当然」日和が認めた。「でも、小さな一歩から始められます」
「小さな一歩?」
レオが提案した。「完全に心を開かなくていい。少しだけ、留まってみる」
「相手が優しくしてくれた時、すぐ逃げない」日和が具体例を出した。「『ありがとう』だけ言ってみる」
ミラが考えた。「それだけ?」
「それだけでも、大きな一歩」レオが言った。
「でも、もっと近づいてきたら?」
「境界線を伝えていい」日和が答えた。「『ゆっくり親しくなりたい』と」
ミラが驚いた。「そんなこと言っていいの?」
「もちろん」レオが頷いた。「自分のペースを尊重することは大切だ」
日和が続けた。「本当にあなたを大切に思う人なら、待ってくれます」
ミラが少し安心した表情をした。
「もう一つ重要なこと」レオが言った。「過去の人と、今の人は違う」
「分かってる」ミラが書いた。「でも、心が信じられない」
「それも自然」日和が優しく言った。「でも、少しずつ試してみることで、心も学習します」
「学習?」
「『親しくなっても大丈夫な人もいる』と、経験から学ぶ」レオが説明した。
ミラが考え込んだ。
「全員を信じる必要はない」日和が付け加えた。「でも、一人でも信じられる人ができれば」
「孤独が減る」ミラが理解した。
レオが励ました。「ミラは、もう二人信じてる。僕たちを」
ミラが驚いて顔を上げた。
「こうして話してくれてる」日和が微笑んだ。「それは信頼の証です」
ミラが泣きながら頷いた。「そうかもしれない」
「少しずつでいい」レオが言った。「無理に変わらなくていい」
「でも、変わりたい」ミラが書いた。
日和が抱きしめた。「その気持ちが、すでに変化の始まりです」
ミラが安心したように泣いた。
しばらくして、ミラが聞いた。「親密さの苦しみは、消える?」
「完全には消えないかもしれない」レオが正直に答えた。「でも、軽くなる」
「そして」日和が続けた。「親密さの喜びも知ることができます」
ミラが考えた。「喜び?」
「信頼できる人がいる安心感。理解し合える幸せ」
ミラが小さく笑った。「それ、ほしい」
「なら、挑戦する価値がある」レオが認めた。
窓の外で雨が降り始めた。親密さは怖い。でも、それだけ価値がある。
「今日から」ミラが書いた。「少しだけ、留まってみる」
「素晴らしい決意」日和が拍手した。
レオが頷いた。「僕たちも、そばにいる」
ミラが深呼吸した。親密になるほど苦しい。でも、その苦しみの先に、温かさがあるかもしれない。試してみる価値はある。
「ありがとう」ミラが書いた。
「いつでも」日和が答えた。
三人は静かに雨を見ていた。親密さへの旅は、まだ始まったばかりだった。