「海斗、また考えすぎてるね」
レオが部室で声をかけた。海斗は携帯を何度も確認していた。
「返事がこないんだ」海斗が不安そうに言った。「もう2時間も」
空が興味を示した。「誰からの返事ですか?」
「友達。昨日ちょっとしたことで言い合いになって...もしかして怒ってるかも」
「2時間で?」レオが驚いた。「早すぎる結論だ」
「でも、いつもはすぐ返信してくれるのに」海斗が携帯を握りしめた。
空が静かに観察した。「海斗さんは、よく心配しますよね」
「そうかな...」海斗が否定しようとしたが、やめた。「うん、そうかもしれない」
レオが聞いた。「心配すると、何か良いことがあるの?」
「良いこと?」海斗が困惑した。「心配って、勝手になるものじゃない?」
「ある程度はね」空が言った。「でも、過度な心配は、認知的なパターンかもしれません」
「認知的パターン?」
空がノートを開いた。「心配しすぎる人は、特定の思考の癖があります」
「例えば?」海斗が聞いた。
「破局化。最悪のシナリオを想定してしまう傾向」
海斗がドキッとした。「それ、まさに今の自分だ」
レオが補足した。「ドイツでは『Katastrophendenken』と呼ぶ。災害思考だ」
「友達が返信しない→怒ってる→友情が終わる、という連鎖」空が説明した。
海斗が小さく頷いた。「その通りだ...」
「でも」レオが言った。「他の可能性は?」
「他の?」
「忙しい、携帯を見てない、充電が切れた、単に忘れた」
海斗が考え込んだ。「確かに、そういう可能性もある」
空が続けた。「心配しすぎる人は、否定的な可能性だけに注目します。心理学では、否定的認知バイアスと呼びます」
「なぜそうなるんだろう」海斗が聞いた。
「進化的には、危険を予測する能力は生存に有利だった」空が説明した。「でも、現代では過剰反応になることがある」
レオが例を出した。「原始時代、物音を常に危険だと思う人の方が生き残った」
「でも、現代では、その警戒心が空回りする」海斗が理解した。
空が頷いた。「予期不安という概念があります。起きてもいないことを心配する状態」
「まさに今の自分」海斗が認めた。
「予期不安は、コントロール感を得ようとする試みでもある」空が加えた。
「コントロール?」
「心配することで、準備できると感じる。でも実際には、ただ不安が増すだけ」
レオが聞いた。「じゃあ、どうすればいい?」
空が考えた。「まず、思考と現実を分けること」
「思考と現実?」海斗が聞いた。
「『友達が怒ってる』は思考。確認されてない事実ではない」
海斗がハッとした。「確かに、確認してないのに、事実だと思い込んでた」
レオが提案した。「証拠を探すのはどう?友達が怒ってる証拠」
海斗が考えた。「証拠...実は、別れ際は普通に笑ってた」
「なら、怒ってる可能性は低い」空が指摘した。
「でも、心配は消えない」海斗が正直に言った。
「すぐには消えなくていい」空が優しく言った。「ただ、心配を観察すること」
「観察?」
「『あ、今自分は心配してるな』と気づくだけでいい。心配をコントロールしようとしなくていい」
レオが補足した。「マインドフルネスの考え方だね」
「心配を敵とみなさず、ただ通り過ぎる雲のように見る」空が説明した。
海斗がゆっくり息をした。「少し、楽になった気がする」
その時、携帯が鳴った。友達からのメッセージだ。
「ごめん、バイト忙しくて見れなかった!明日遊ぼう!」
海斗が安堵の息を吐いた。「やっぱり、怒ってなかった」
レオが笑った。「2時間の心配は無駄だったね」
「でも」空が言った。「この経験から学べます。心配の多くは、現実にならない」
海斗が頷いた。「次からは、もう少し待ってみる」
「そして、最悪のシナリオだけじゃなく、他の可能性も考える」
「心配しすぎる癖、少しずつ変えていきたい」海斗が決意した。
空が微笑んだ。「気づくことが、変化の始まりです」
レオが言った。「完璧になる必要はない。人間は心配する生き物だから」
「でも、心配に支配される必要もない」空が加えた。
海斗が窓の外を見た。「心配と、上手く付き合っていく方法を学んでいきます」
三人は静かに座っていた。心配は消えないけれど、それとの向き合い方は変えられる。今日、海斗はそれを学んだ。