「一つじゃ足りない」
ミリアが分子模型を組み立てながら言った。
カナが近づく。「それ、タンパク質?」
「ヘモグロビン。四つのサブユニットから成る」
レイが説明を加える。「タンパク質の四次構造だ。複数のポリペプチド鎖が集まって、一つの機能単位を作る」
「四次?」カナが首をかしげる。
「タンパク質の構造には階層がある」レイがホワイトボードに書き始めた。
「一次構造はアミノ酸配列。二次構造はαヘリックスやβシート。三次構造は全体の立体構造」
「そして四次構造は?」
「複数のポリペプチドが集まった複合体の構造」
ミリアが模型を見せる。「ヘモグロビンは二つのαサブユニットと二つのβサブユニット。α₂β₂という構成」
「なぜ四つも?」
「協同性のため」レイが答えた。「一つのサブユニットが酸素を結合すると、他のサブユニットも結合しやすくなる」
カナが興味を示す。「お互いに影響し合う?」
「そう。これをアロステリック効果という」
ミリアが図を描いた。「酸素結合曲線はS字型になる。最初は結合しにくいが、一つ結合すると急激に結合が進む」
「なぜS字型?」
「正のフィードバック。最初の酸素が結合すると、タンパク質の構造が変わる。T型からR型へ」
レイが続ける。「T型は緊張状態で酸素親和性が低い。R型は緩和状態で親和性が高い」
「構造が変わるだけで?」
「変化は小さい。でも、四つのサブユニットが協調的に動くことで、大きな機能変化が生まれる」
カナが考える。「これって、効率的?」
「非常に。肺では酸素を効率よく結合し、組織では効率よく放出できる」
ミリアが付け加える。「単純なミオグロビンは双曲線的な結合曲線。S字型にはならない」
「ミオグロビンは?」
「単量体。サブユニットが一つだけ。協同性がない」
レイが説明する。「ヘモグロビンの四次構造は、精巧な酸素運搬システムを可能にする」
「サブユニット同士はどうやって影響し合うの?」
「界面での接触。αとβの境界で、特定のアミノ酸が相互作用する」
ミリアが模型を回転させる。「一つのサブユニットが形を変えると、界面の相互作用が変わる。それが隣のサブユニットに伝わる」
「連鎖反応?」
「情報の伝播だ」レイが言った。「分子内コミュニケーション」
カナが質問する。「他の例は?」
「酵素にも多い。リボソームも巨大な複合体だ」
「リボソーム?」
「タンパク質合成の場。多数のタンパク質とRNAから成る」
ミリアが静かに言う。「四次構造は、複雑な機能を実現する戦略だ」
「一つより、複数?」
「複数のサブユニットが協調することで、調節が可能になる」
レイが補足する。「分解と再構成も容易だ。一つの巨大なタンパク質より、小さなサブユニットの方が合成しやすい」
「効率的な設計」カナが感心した。
「進化の知恵」ミリアが頷いた。
レイが続ける。「対称性も重要だ。多くの四次構造は対称的な配置を取る」
「なぜ?」
「安定性と機能性の両立。対称性があれば、構造を決めるのに必要な情報が少なくて済む」
カナがまとめる。「タンパク質は、一人では語れない物語を持ってる」
「詩的だが、科学的にも正確だ」レイが微笑んだ。
ミリアが模型を完成させた。四つのサブユニットが美しく組み合わさっている。
「これが生命の設計図の一部」
カナが静かに見つめる。「複雑で、精巧で、美しい」
「四次構造は、分子の協奏曲だ」レイが締めくくった。
三人は、タンパク質の階層的な美しさに、しばらく見とれていた。