ミラが黙ってスマートフォンを見つめていた。
空が心配して声をかける。「ミラさん、大丈夫ですか?」
ミラが首を振る。ノートに書く。「嫉妬してる」
レオが興味を示した。「誰に?」
「友達。すごく上手に絵を描く」
空が優しく聞いた。「それで、どんな気持ちですか?」
ミラが書く。「悔しい。自分がちっぽけに感じる」
レオがノートを開いた。「嫉妬は、とても人間的な感情だよ」
「でも、嫌な感情」ミラが書く。
「嫌かもしれない。でも、悪ではない」空が言った。「嫉妬には、重要な情報が含まれている」
ミラが顔を上げた。
レオが説明した。「嫉妬は、あなたが何を大切にしているかを教えてくれる」
「どういうこと?」空が聞く。
「ミラが絵に嫉妬するのは、絵が大切だから。興味のないことには、嫉妬しない」
ミラがゆっくり頷いた。
空が補足した。「嫉妬は、欲求のシグナル。『これが欲しい』『こうなりたい』というメッセージ」
「でも、どうすればいい?」ミラが書く。
レオが答えた。「まず、嫉妬を認める。否定しない」
「認める?」
「『嫉妬してる自分はダメだ』と自己批判しない。『今、嫉妬を感じている』と観察する」
空が理解した。「感情を切り離すんですね」
「そう。感情と同一化しない。『私は嫉妬だ』ではなく、『私は嫉妬を感じている』」
ミラが書く。「違いがある?」
「大きく違う」レオが説明した。「後者は、嫉妬が一時的な状態だと認識している。前者は、自分全体が嫉妬だと思い込んでいる」
空が例を出した。「『私は怒りだ』ではなく、『私は怒りを感じている』と言うように」
ミラが少し楽になった様子。
レオが続けた。「次に、比較の罠に気づく」
「比較の罠?」空が聞く。
「人間は比較する生き物。でも、比較は常に不公平だ」
「なぜ?」
「自分の内側と、他人の外側を比べるから。他人の苦労は見えない。成功だけが見える」
ミラが頷く。
空が理解した。「SNSで、みんな幸せそうに見えるのと同じですね」
「まさに。キュレーションされた人生。現実の一部だけ」
ミラが書く。「じゃあ、比較しない?」
「完全にやめるのは難しい」レオが認めた。「でも、比較の方向を変えられる」
「方向?」
「他者との比較から、過去の自分との比較へ」
空が納得した。「成長を測る基準を、自分の中に持つ」
「そう。『あの人より上手か』ではなく、『昨日の自分より上手か』」
ミラがノートに書く。「自分の成長曲線」
「良い表現だね」レオが微笑んだ。
空が別の視点を出した。「嫉妬をモチベーションに変えることもできますか?」
「できる」レオが答えた。「建設的嫉妬という概念がある」
「建設的嫉妬?」
「相手を引きずり下ろそうとするのではなく、自分を引き上げようとする嫉妬」
ミラが目を輝かせた。
「『あの人のようになりたい』というインスピレーション。破壊的ではなく、創造的」
空が聞いた。「どうすれば建設的になりますか?」
「質問を変える。『なぜあの人は成功して、私は失敗するのか』ではなく、『あの人から何を学べるか』」
ミラが書く。「学びの機会」
「そう。嫉妬の対象は、潜在的な教師」
空が理解した。「敵ではなく、メンター」
レオが続けた。「もう一つ重要なのは、自己価値の源泉を多様化すること」
「多様化?」
「一つのことだけで自分を測らない。ミラは絵だけで価値が決まるわけじゃない」
ミラが考えた。
空が励ました。「ミラさんは、観察力があるし、優しいし、いろんな才能がある」
「自己価値を多面的に見る」レオが言った。「一つの領域で劣っても、全体が否定されるわけじゃない」
ミラが小さく笑った。
空が聞いた。「嫉妬を完全になくすことはできますか?」
「難しい」レオが正直に答えた。「でも、嫉妬との関係は変えられる」
「嫉妬に支配されるのではなく、嫉妬を観察する」
ミラが書く。「嫉妬と友達になる?」
「面白い発想」レオが笑った。「友達とまではいかなくても、敵視しない」
空が加えた。「嫉妬は、自分を知るための情報源」
ミラがゆっくり頷いた。スマートフォンを置いた。
「どうしますか?」空が聞く。
ミラが書く。「友達に、どうやって描いてるか聞いてみる」
レオが認めた。「それが建設的アプローチだね」
「嫉妬が、成長のきっかけになった」空が微笑んだ。
ミラが立ち上がった。顔つきが、少し変わっていた。
「行ってきます」ミラが言った。珍しく、声で。
二人が見送る中、ミラは歩いて行った。嫉妬という暗い感情が、小さな希望に変わり始めていた。
感情は敵じゃない。メッセンジャーだ。そのメッセージを、どう受け取るかは、自分次第。