「何を感じているか、分からない」
ミラが静かに書いた。カフェテリアで、三人が昼食を食べていた。
日和が優しく聞いた。「何かあったんですか?」
ミラがノートを見せた。「告白された。返事をしなきゃいけない。でも、自分の気持ちが分からない」
空が考えた。「好きか嫌いか、分からない?」
ミラが頷いた。「どちらでもある気がする。どちらでもない気もする」
日和が微笑んだ。「それは、珍しいことじゃないです」
「え?」
「感情は、白黒じゃありません。グレーゾーンがたくさんある」
空が補足した。「心理学では、感情の曖昧さ耐性という概念があります」
「曖昧さ耐性?」
「明確な答えがない状態を、受け入れられる力」
ミラが書いた。「でも、返事しなきゃいけない。YesかNoか」
日和が静かに言った。「返事を急ぐ前に、自分と向き合ってみませんか?」
「どうやって?」
空が提案した。「まず、身体の反応を観察してください。その人のことを考えた時、どう感じますか?」
ミラが目を閉じた。しばらく静かにしていた。
「心臓が少し速くなる。でも、それが嬉しいのか、不安なのか...」
「両方かもしれません」日和が言った。
空が説明した。「感情は、しばしば混合しています。恐れと興奮、不安と期待」
ミラが書いた。「複雑すぎる」
「複雑でいいんです」日和が認めた。「単純化する必要はありません」
空が別の角度から聞いた。「その人といると、どうですか?」
ミラが考えた。「落ち着く。でも、特別なドキドキはない」
「それは一つの答えです」日和が言った。
「でも、恋愛ってドキドキするものじゃないの?」
空が説明した。「恋愛に、唯一の形はありません。穏やかな愛もあれば、激しい情熱もある」
日和が加えた。「大切なのは、自分が何を求めているかです」
ミラがじっと二人を見た。「求めているもの?」
「恋愛に何を期待するか。安心感?刺激?成長?」
ミラが考え込んだ。長い沈黙の後、書いた。「分からない。それも分からない」
空が優しく言った。「それなら、自分の価値観を探る必要があるかもしれません」
「価値観?」
「人生で大切にしているもの。優先順位」
日和が提案した。「質問に答えてみてください。『人生で最も大切なことは?』」
ミラがノートに書いた。「自由。成長。静けさ」
「その人といて、それらは得られますか?」空が聞いた。
ミラが考えた。「自由は、少し制限される気がする。でも、成長できるかも。静けさは...どうだろう」
「矛盾していますね」空が指摘した。
「矛盾してる」ミラが認めた。
日和が静かに言った。「矛盾を矛盾として認めることも、一つの答えです」
「どういうこと?」
「全てを満たす完璧な関係は、存在しないかもしれません。何かを得れば、何かを手放す」
空が補足した。「トレードオフ。選択には、常に代償がある」
ミラが深く考えた。「じゃあ、どうやって決めるの?」
日和が答えた。「得るものと手放すもの、どちらがより大切か」
ミラが書いた。「今の自由が大切。でも、成長も欲しい」
「それなら」空が言った。「自由を保ちながら、成長できる関係を探すことです」
「その人との関係で、それは可能?」
ミラが考えた。しばらく黙っていた。
「分からない。でも、今の段階では、自由を手放す準備ができてない気がする」
日和が微笑んだ。「それが、あなたの本当の気持ちかもしれません」
ミラが驚いた。「これが?」
「はい。『まだ準備ができていない』。それも、正直な感情です」
空が頷いた。「本当の気持ちは、常に明確とは限りません。『分からない』も、一つの答えです」
ミラが書いた。「『分からない』って、答えていいの?」
「もちろん」日和が答えた。「正直であることが、最も大切です」
空が加えた。「相手に『今は分からない。時間が欲しい』と伝えるのも、誠実な対応です」
ミラが安堵した。「そうか。無理に決めなくてもいいんだ」
「決断には、準備が必要です」日和が言った。「焦る必要はありません」
ミラが新しいページを開いて書いた。「自分の気持ちを知るのって、難しい」
「難しいです」空が認めた。「だからこそ、時間をかける価値がある」
日和が最後に言った。「本当の気持ちは、静かに向き合った時に見えてきます。焦らず、ゆっくり探してください」
ミラが小さく微笑んだ。「ありがとう。少し、楽になった」
窓の外で、風が木々を揺らしていた。答えはまだ見つかっていない。でも、探す方向は見えてきた。
それで、今は十分だった。