「また、眠れなかった」
海斗が朝、疲れた顔で教室に入った。
空が心配そうに聞いた。「何日目ですか?」
「三日」海斗が答えた。「考えが止まらなくて」
レオが興味を示した。「何を考えているんですか?」
「いろいろ」海斗が曖昧に答えた。「試験、友達関係、将来...次から次へと」
空がノートを開いた。「それは、侵入的思考かもしれません」
「侵入的?」
「意図せず頭に浮かぶ、制御が難しい思考」空が説明した。「特に夜、活発になります」
レオが補足した。「昼間は、外部からの刺激が多い。でも夜は静かで、内部の声が大きくなる」
海斗が頷いた。「まさに。ベッドに入ると、考えが溢れてくる」
「そして、考えれば考えるほど、眠れなくなる」
空が共感した。「悪循環ですね」
「どうすれば止められますか?」海斗が聞く。
レオが考えた。「まず、思考を止めようとしないこと」
「止めない?」海斗が驚いた。
「逆説的ですが」空が説明した。「思考を抑制しようとすると、かえって強くなります」
「白いクマを考えないでください、と言われると、考えてしまう」
海斗が試した。「本当だ。今、白いクマを考えている」
レオが笑った。「それが、思考抑制の逆説効果です」
「じゃあ、どうすれば?」
空が提案した。「思考を認めて、流すこと」
「『あ、また心配が来た』と気づいて、追いかけない」
「追いかけない?」
レオが例えた。「思考は、川を流れる葉のようなもの。掴もうとせず、流れるのを見る」
海斗が考えた。「難しそう」
「練習が必要です」空が認めた。「マインドフルネスという技法です」
「もう一つの方法は」レオが続けた。「思考の時間を決めること」
「決める?」
「はい。『明日の朝10時に、この問題を考える』と予定する」
空が頷いた。「夜は考える時間ではない、と脳に教える」
海斗が疑わしそうに見る。「それで本当に止まりますか?」
「完全には止まりません」レオが認めた。「でも、『今じゃない』と自分に言えます」
空が補足した。「不安の多くは、『今すぐ解決しなければ』という錯覚から来ます」
「でも実際は、夜中に考えても解決しない」
海斗が納得した。「確かに。夜考えたことは、朝になると大したことなかったりする」
「その通り」空が言った。「夜は、思考が歪みやすい時間です」
レオが提案した。「あとは、就寝前のルーティンを作ること」
「ルーティン?」
「決まった行動パターン」レオが説明した。「脳に『眠る時間だ』と伝える儀式」
空が例を出した。「本を読む、温かい飲み物を飲む、ストレッチをする」
「スクリーンは避ける」レオが付け加えた。「ブルーライトが覚醒を促します」
海斗がメモを取った。「試してみます」
「もう一つ」空が言った。「眠れない時は、起きてしまうこと」
「起きる?」
「ベッドで悶々とするより、一度起きて、リラックスする活動をする」
レオが頷いた。「ベッドは眠る場所、と脳に覚えさせるためです」
海斗が少し希望を持った。「いろいろな方法があるんですね」
「睡眠は、心身の健康に重要です」空が言った。「軽視してはいけません」
レオが付け加えた。「長く続く場合は、専門家に相談することも考えてください」
海斗が頷いた。「ありがとう。今夜から試してみます」
空が励ました。「最初はうまくいかなくても、諦めないでください」
「習慣を変えるには、時間がかかります」
レオが最後に言った。「思考が止まらない夜は、辛いです。でも、対処法は存在します」
海斗が教室を出た。今夜は、違う夜になるかもしれない。
窓の外で、夕暮れが始まる。夜はまた来る。でも今度は、準備ができている。