「また徹夜したんですか、透真さん」
奏が呆れた顔で言った。
透真が目をこすった。「実験が面白くて、つい」
「体に悪いですよ」
零が口を開いた。「体内時計が狂う。概日リズムは、24時間周期で動く遺伝子ネットワークだ」
「遺伝子が時計?」
「そう。CLOCKとBMAL1という転写因子が、夜になると活性化する」
ミリアが補足した。「これらがPer遺伝子とCry遺伝子の発現を促す」
「で、どうなるんですか?」透真が興味を示した。
「PerとCryのタンパク質が蓄積すると、核に戻ってCLOCK-BMAL1の活性を抑える」
奏がノートに描いた。「負のフィードバックループ?」
「正解。自分で自分を抑制する。このループが約24時間かかる」
「なぜ24時間?」
零が説明した。「Perタンパク質の分解速度、リン酸化のタイミング、核への移行速度。これらが調整されて、約24時間になる」
ミリアが続けた。「カゼインキナーゼという酵素がPerをリン酸化する。これが分解のシグナルになる」
「じゃあ、この酵素が速く働くと?」
「周期が短くなる。実際、突然変異で周期が変わる例がある」
透真が真剣になった。「俺の体内時計、壊れてる?」
「壊れてはいない。でも、リセットされにくくなってる可能性はある」
「リセット?」
零が答えた。「光がリセット信号だ。朝の光が、時計遺伝子をリセットする」
「どうやって?」
「網膜の特殊な細胞が青色光を感知する。その信号が視交叉上核という脳の部位に届く」
ミリアが補足した。「視交叉上核が、全身の体内時計を同期させるマスタークロックとして機能する」
奏が理解した。「朝日を浴びると、体内時計がリセットされる。だから規則正しい生活が大事」
「その通り」零が頷いた。
透真が質問した。「夜に強い光を浴びたら?」
「時計が遅れる。脳が昼だと勘違いする」
「スマホの画面とか?」
「影響する。ブルーライトは特に強力だ」
ミリアが深刻な顔をした。「体内時計の乱れは、代謝にも影響する。肥満、糖尿病、がんのリスクが上がる」
「そんなに重大なんですか?」奏が驚いた。
「細胞の分裂、DNA修復、代謝酵素の活性。全て時刻に依存してる」
零が例を出した。「抗がん剤の効果も、投与時刻で変わる。時間薬理学という分野がある」
「時間によって効き方が違う?」
「そう。体内時計が酵素の量を制御してるから」
透真がため息をついた。「徹夜やめようかな」
「睡眠も、時計遺伝子に制御されてる」ミリアが言った。「Bmal1が欠損したマウスは、睡眠リズムが崩れる」
「遺伝子レベルで眠りが決まってる」
奏がまとめた。「体内時計は、遺伝子のフィードバックループ。光でリセットされ、全身の機能を24時間周期で制御する」
「完璧だ」零が認めた。
透真が言った。「細胞は眠らないけど、リズムを持ってる。そのリズムを無視すると、細胞が眠れない夜になる」
「詩的だが、科学的にも正しい」
ミリアが微笑んだ。「今夜は早く寝て、明日の朝日を浴びよう」
「賛成」奏が言った。
四人は、体内時計の不思議さを感じながら、実験室を後にした。