夜遅く、図書館にはまだ明かりが灯っていた。
ミラが一人で座っていた。ノートに何か書いては消し、また書いては消している。
空が声をかけた。「ミラ、まだいたの?」
ミラが顔を上げる。目が少し赤い。
「泣いてた?」
ミラは首を横に振ったが、否定になっていなかった。
レオが近づいた。「何かあったのか?」
ミラがゆっくりとノートを見せた。「私には価値がない」
空とレオは顔を見合わせた。
「なぜそう思う?」レオが静かに聞く。
ミラが書いた。「成績も普通。特技もない。誰かの役に立てていない」
空が驚いた。「そんなことない」
「でも、証明できない」ミラが書いた。
レオが椅子に座った。「価値というのは、何で測るものだと思う?」
ミラが考える。「成果?能力?」
「それは、一つの尺度に過ぎない」レオが説明した。「外的価値と内的価値は違う」
「外的と内的?」空が聞く。
「外的価値は、他者の評価で決まる。成績、地位、評判など」
「内的価値は?」
「自分が自分であることの価値。条件によらない、存在そのものの価値」
ミラが書いた。「存在の価値?」
レオが頷いた。「君が生きていること自体に、価値がある」
「でも、それをどう信じればいい?」ミラが問う。
空が話し始めた。「私も昔、同じことで悩んでた」
ミラが空を見る。
「私、何の取り柄もないって思ってた。でも、ある日気づいたの」
「何を?」
「価値は、比較で決まるものじゃないって」
レオが補足した。「人間の価値は、商品の価値とは違う。交換可能な量ではない」
ミラが考え込む。
レオが続けた。「カール・ロジャーズという心理学者は、無条件の肯定的配慮という概念を提唱した」
「無条件の肯定?」空が聞く。
「条件なしに、その人を受け入れること。成果や能力に関係なく」
ミラが書いた。「そんなこと、可能?」
「難しい」レオが認めた。「でも、まず自分自身に対してそうすることが大切」
空が理解した。「自己受容だね」
「そうです。自分を条件なしに受け入れる」
ミラが不安そうに書く。「弱点も、失敗も?」
「すべて含めて」レオが強調した。「完璧でないことが、人間であることの証明だ」
空が例を挙げた。「花は、美しいから価値があるんじゃない。花だから価値がある」
ミラが少し微笑んだ。
レオが続けた。「君の価値は、他人が決めるものではない。君が存在することで、世界は違う」
「どう違う?」ミラが書く。
「君がいなければ、この会話も存在しない。君の視点も、経験も、感情も、唯一無二だ」
空が付け加えた。「ミラがいてくれて、私は嬉しい。それだけで十分な理由じゃない?」
ミラの目に涙が浮かんだ。
レオが静かに言った。「自尊心の源泉を、外部に求めると、常に不安定になる」
「外部?」
「他者の評価、成績、外見など。それらは変動する」
空が理解した。「内部に源泉を持つことが大切」
「そうです。自分の価値観、信念、そして存在そのもの」
ミラがゆっくりと書いた。「どうやって内部の源泉を見つける?」
レオが答えた。「自分に問いかける。『私は何を大切にしているか』『私は何に喜びを感じるか』」
空が提案した。「ミラ、何か好きなことある?」
ミラが考えて書いた。「絵を描くこと」
「それが、君の内的価値の一部だ」レオが言った。「他人に認められなくても、君は描くことに喜びを感じる」
ミラが頷いた。
空が微笑んだ。「価値は、作るものでも証明するものでもない。すでにあるものに気づくだけ」
レオが最後に言った。「君の価値を疑う夜は、また来るかもしれない。でも、その時は今日のことを思い出して」
ミラが書いた。「ありがとう」
三人は静かに座っていた。夜の図書館で、自己価値についての対話。答えは簡単には出ない。でも、探求すること自体に意味がある。
「帰ろうか」空が提案した。
ミラが頷いた。少し軽くなった心で、夜道を歩く。
自分の価値を知りたい夜。それは、自分と向き合う夜だった。