「やっぱり、あいつ俺のこと嫌ってるわ」
朝の教室で、海斗が断言した。
「どうしてそう思うの?」日和が心配そうに聞く。
「今朝、廊下ですれ違ったのに、挨拶を無視された」
空が慎重に尋ねた。「本当に無視された?それとも、気づかなかっただけかも」
「絶対、見てた。目が合った」
レオが加わった。「確証バイアスかもしれない」
「また心理学用語か」海斗が溜息をついた。
「人は、自分の信念を支持する情報ばかり集め、反対する情報を無視する傾向がある」レオが説明した。
「俺がそうだと?」
空がノートを開いた。「海斗くん、いつからその人が自分を嫌ってると思ってた?」
「先週、グループワークで意見が対立したときから」
「その後、その人の行動をずっと観察してた?」日和が聞く。
「まあ、気になって...」
「そこがポイント」レオが指摘した。「『嫌われてる』という仮説を立てた後、それを確認する行動ばかり見ている」
「確認して何が悪い」
空が例を出した。「もし挨拶を返してくれたら、どう解釈する?」
「それは...まあ、社交辞令かな」
「ほら」レオが言った。「挨拶を無視されたら『嫌われてる証拠』、返されても『社交辞令』。どちらも『嫌われてる』という結論に繋がる」
海斗が黙り込んだ。
日和が優しく言った。「海斗くんは、嫌われてることを証明したいわけじゃないよね?」
「いや、証明したいわけじゃない。でも...」
「でも、何?」
「もし嫌われてないとしたら、俺の被害者意識が間違ってたことになる。それも怖い」
空が理解を示した。「自分の認識が間違ってると認めるのは、辛いよね」
レオが補足した。「でも、それが確証バイアスの罠だ。間違いを認めたくないから、間違った信念を守ろうとする」
「じゃあ、どうすればいい?」
空が提案した。「反証を探してみたら?その人が海斗くんに好意的だった瞬間」
海斗が考えた。「好意的...うーん」
「一つもない?」日和が促す。
「先週、消しゴム貸してくれた」
「それは好意的な行動じゃない?」
「でも、たまたまかもしれない」
レオが笑った。「ほら、また。好意的な行動を過小評価してる」
海斗が苦笑した。「本当だ。俺、偏ってる」
空がノートに書いた。「確証バイアスを避けるには:①反対の証拠も探す②第三者の意見を聞く③自分の解釈を疑う」
「第三者の意見ね」海斗が周りを見た。「みんなから見て、あいつは俺を嫌ってると思う?」
日和が首を振った。「わからない。でも、嫌ってるという確実な証拠も見当たらない」
レオが加えた。「『わからない』という答えも、重要だ。不確実性を受け入れること」
「確実じゃないと不安」海斗が認めた。
「その不安が、確証バイアスを強める」空が説明した。「早く答えを出したくて、不完全な証拠で結論を急ぐ」
日和が提案した。「直接聞いてみたら?『最近、何か気に障ること言った?』って」
「怖い。もし本当に嫌われてたら」
「でも、想像で悩み続けるより、事実を知る方が楽かもしれない」
レオが言った。「それに、コミュニケーションで誤解が解けることも多い」
海斗が深呼吸した。「わかった。放課後、話してみる」
空が励ました。「思い込みは、現実じゃない。確認する勇気が大切」
昼休み、海斗はその人に話しかけた。結果、朝の無視は本当に気づかなかっただけで、むしろ仲良くなりたいと思っていたことが判明した。
放課後、海斗は三人に報告した。
「完全に思い込みだった」
「良かったね」日和が微笑んだ。
「でも、怖かった。自分の認識がこんなに歪んでるなんて」
レオが言った。「誰にでもある。大事なのは、気づいて修正すること」
空がノートを閉じた。「思い込みに支配されないために、常に疑い続ける」
「自分の考えを疑うのか」海斗が呟いた。
「自分を疑うんじゃない。自分の解釈を疑う」
海斗が笑った。「難しいけど、大事だな」
四人は教室を出た。思い込みは、見えない檻だ。でも、鍵は自分が持っている。