「肩がずっと張ってる」
海斗が首を回した。ゴキゴキと音がした。
日和が心配そうに見た。「いつからですか?」
「最近ずっと。寝ても取れない」
レオが本を閉じた。「慢性的な緊張かもしれない」
「慢性的?」海斗が聞く。
「一時的な緊張ではなく、常に体が警戒状態にある」
日和が補足した。「交感神経が優位になりすぎているんですね」
海斗が不思議そうにした。「交感神経?」
レオが説明した。「自律神経には二つある。交感神経と副交感神経」
「交感神経は、戦うか逃げるかモード。心拍が上がる、筋肉が緊張する、呼吸が浅くなる」
「副交感神経は?」
「休息と消化モード。リラックスして、体を回復させる」
日和が加えた。「本来は、この二つがバランスを取っている。でも、ストレスが続くと、交感神経ばかりが働く」
海斗が理解した。「ずっと戦闘モードってこと?」
「そう。体が休まらない」レオが頷いた。
「なんで休めないんだろう」海斗が考えた。
日和が聞いた。「最近、何か心配なことは?」
海斗が少し躊躇した。「試験、バイト、人間関係...いろいろ」
「それが積み重なってる」レオが指摘した。「一つ一つは小さくても、合計すると負荷が大きい」
日和が優しく言った。「体は正直です。心の緊張が、体の緊張として現れる」
海斗がため息をついた。「どうすれば緊張がとれる?」
レオがノートを開いた。「いくつか方法がある。まず、呼吸」
「呼吸?」
「深呼吸。特に、吐く息を長くする」
「なんで?」
「吐く息が、副交感神経を活性化するから。ゆっくり吐くと、体がリラックスモードに切り替わる」
日和が実演した。「鼻から4秒吸って、口から8秒吐く」
海斗が真似した。「...少し楽かも」
「それが生理的なリラクゼーション」レオが説明した。
日和が別の方法を出した。「プログレッシブ・マッスル・リラクゼーションも効果的です」
「何それ?」
「筋肉を一度緊張させてから、一気に脱力する。体に『これがリラックスだ』と教える」
レオが補足した。「拳を10秒握って、パッと開く。肩を耳に近づけて、ストンと落とす」
海斗が試した。「おお、違いが分かる」
「緊張と弛緩の対比を体験させる方法」日和が説明した。
レオが続けた。「他には、マインドフルネス」
「また出た、マインドフルネス」海斗が笑った。
「今ここに意識を向ける。過去や未来の心配から離れる」
日和が加えた。「不安は、未来を予測しようとすることから生まれます。でも今この瞬間は、実は安全」
海斗が窓の外を見た。「今この瞬間か」
「今、何が見える?何が聞こえる?」レオが誘導した。
「木の葉が揺れてる。鳥が鳴いてる」
「それがマインドフルネス。思考ではなく、感覚に注目する」
日和が聞いた。「海斗さん、夜はちゃんと眠れてますか?」
「寝つきが悪い。考え事が止まらない」
「それも緊張の症状」レオが言った。「脳が休めていない」
日和が提案した。「寝る前のルーティンを作るといいですよ」
「ルーティン?」
「毎晩同じことをする。体に『これから寝る時間だ』と教える」
レオが例を出した。「温かいお茶を飲む、ストレッチをする、日記を書く」
「スマートフォンは避けた方がいい」日和が加えた。「ブルーライトが覚醒を促す」
海斗が聞いた。「完璧主義も関係ある?」
「大いにある」レオが答えた。「『失敗してはいけない』という思い込みが、常に緊張を生む」
日和が優しく言った。「完璧じゃなくていいんですよ」
「でも、手を抜くのも怖い」海斗が正直に言った。
「手を抜くのではなく、適度に力を入れる」レオが修正した。「100%の緊張は持続不可能。80%でも十分」
海斗が考えた。「力の入れ方を忘れてるのかも」
「長く緊張してると、そうなる」日和が共感した。「体が、リラックスの仕方を忘れる」
レオが言った。「だから、意識的に練習する必要がある」
「緊張を取るのも、スキルなんだ」海斗が理解した。
「そう。生まれつきできる人もいるけど、学べるスキル」
日和が提案した。「一日5分でいいから、何もしない時間を作りませんか?」
「何もしない?」
「ただ座って、呼吸する。何も達成しなくていい時間」
海斗が笑った。「それが一番難しそう」
「最初は難しい」レオが認めた。「でも、続けると変わる」
海斗が肩を回した。「少しだけ、軽くなった気がする」
「それが第一歩」日和が微笑んだ。
レオが言った。「緊張は、必ずしも敵じゃない。適度な緊張は、パフォーマンスを上げる」
「問題は、慢性化したとき」日和が補足した。
海斗が頷いた。「バランスだな」
「緊張とリラックス。両方必要」レオが認めた。
三人は静かに座っていた。部屋の空気が、少し柔らかくなった気がした。
緊張は、すぐには取れない。でも、取り方を知れば、少しずつ変わっていく。硬かった心と体が、ゆっくりとほどけ始める。