「タンパク質って、どうやって形が決まるんですか?」
奏がミリアに聞いた。
ミリアが静かに答えた。「アミノ酸の配列が、全てを決める」
「配列だけで?」
零が補足した。「アンフィンセンのドグマだ。一次構造が三次構造を決定する」
「でも、どうやって?何千もの原子が、正しい位置に収まるなんて」
ミリアがノートに図を描いた。「疎水性のアミノ酸は、水を避けて内側へ。親水性のアミノ酸は、外側へ」
「水が嫌いとか好きとか、アミノ酸に意思があるんですか?」
「意思ではなく、エネルギーの最小化」零が説明した。「疎水性の部分を水に触れさせると、エントロピーが下がる。だから自然と内側に隠れる」
「エントロピー…不確実性ですね」
「そう。水分子の配置の自由度が減るから、系全体のエントロピーを上げるために、疎水性部分が集まる」
ミリアが続けた。「水素結合、ジスルフィド結合、静電相互作用。これらが協力して、タンパク質を折りたたむ」
「でも、それだけで本当に正しい形になる?」奏が疑問を呈した。
零が考えた。「実は、完全には自発的ではない場合もある。シャペロンという補助タンパク質が必要なこともある」
「シャペロン?」
「付き添い人という意味。タンパク質が折りたたまれる時に、間違った折り畳みを防ぐ」
ミリアがアニメーションを見せた。「これがGroELというシャペロン。樽のような形をしている」
「中にタンパク質が入るんですか?」
「そう。閉じた空間で、ゆっくりと正しく折りたたまれるのを助ける」
零が補足した。「混雑した細胞内では、他のタンパク質と衝突して、間違って凝集することがある。シャペロンは、それを防ぐ」
「もし間違って折りたたまれたら?」
「機能を失う。最悪の場合、毒性を持つ」
ミリアが深刻な顔をした。「アルツハイマー病、パーキンソン病。多くは、タンパク質の折りたたみエラーが原因」
「そんなに重大なんですね」
「アミロイドと呼ばれる異常な構造を形成する。これが脳に蓄積すると、神経細胞が死ぬ」
奏が真剣に聞いた。「じゃあ、どうすればいいんですか?」
零が答えた。「今の研究は、折りたたみを正す方法を探している。シャペロンを活性化させる薬とか」
「それで治せる?」
「まだ難しい。でも、理解が進めば、いつか」
ミリアが言った。「タンパク質のフォールディングは、生命の根幹。これが正しく機能しないと、全てが崩れる」
「奇跡的なシステムですね」奏が感心した。
「本当に。何千ものアミノ酸が、ミリ秒から秒のオーダーで、正しい構造に収まる」
零が続けた。「しかも、同じアミノ酸配列なら、必ず同じ構造になる。再現性が完璧だ」
「プログラムみたい」
「ある意味、アミノ酸配列は構造のプログラムだ。物理法則というコンパイラが、それを実行する」
ミリアが微笑んだ。「詩的な表現ね」
「でも正確だ」零が認めた。
奏がまとめた。「アミノ酸の配列が設計図。疎水性効果や水素結合が力。シャペロンが補助。この三つが協力して、タンパク質を正しく折りたたむ」
「良い要約だ」零が頷いた。
ミリアが最後に言った。「フォールディングは奇跡。でも、理解できる奇跡。それが生化学の美しさ」
三人は、見えない分子の世界に思いを馳せた。今この瞬間も、体の中で無数のタンパク質が折りたたまれている。