「伝えたつもりが、伝わってなかった」
陸が落ち込んでいた。
「何があったの?」由紀が聞いた。
「明日の集合時間、ちゃんと言ったのに、みんな来なかった」
葵が分析し始めた。「送信と受信の確認をした?」
「確認?メッセージ送っただけだけど」
「それが問題だ。通信理論では、確実に伝えるためにACKが必要だ」
「ACK?」
「Acknowledgment。受信確認のこと。相手が受け取ったことを確認する」
由紀がノートに書いた。「一方向通信と双方向通信?」
「そう。一方向だと、届いたか分からない。双方向なら、確認できる」
葵がホワイトボードに図を描いた。
「送信→受信→ACK→送信者が確認」
「この流れで、初めて『伝わった』と言える」
陸が理解した。「じゃあ、『読んだよ』って返信もらえば良かったのか」
「正解。でも、それだけじゃ不十分なこともある」
「え?」
「読んだだけで、理解したとは限らない」
由紀が例を出した。「『了解』って返事もらっても、何を了解したか不明な時ある」
「そう。だから、確認の質が重要だ」
葵が続けた。「通信プロトコルには、段階的な確認がある」
「段階的?」
「まず、パケットが届いたことを確認。次に、内容が正しいことを確認。最後に、理解したことを確認」
「三段階なんだ」由紀が驚いた。
「人間の会話も同じだ。『聞こえた』『分かった』『了解した』は、全部違う」
陸が手を叩いた。「だから、確認の仕方を変えなきゃいけないのか」
「そう。重要度に応じて、確認の深さを調整する」
「具体的には?」由紀が聞いた。
「緊急の用事なら、電話で直接確認。日常的なことなら、スタンプで十分」
「メディアも選ぶんだ」
「そう。通信路の選択も、伝わる確率に影響する」
葵がまとめた。「伝わる確率を上げる方法は、三つだ」
「一つ目は、冗長性。繰り返したり、複数の表現を使う」
「二つ目は、ACK。確認を取る」
「三つ目は、適切な通信路の選択」
陸がノートに書き写した。「なるほど」
「さらに、タイミングも重要だ」
「タイミング?」
「相手が受信できる状態か確認する。忙しい時に送っても、見落とされる」
由紀が思い出した。「だから、『今大丈夫?』って聞くんだ」
「正解。受信側の準備状態を確認するプロトコルだ」
「通信理論、深いな」陸が感心した。
「人間関係も、プロトコル設計の連続だよ」
葵が別の角度から説明した。「エラー率を下げる方法もある」
「エラー率?」
「誤解や伝達ミスの確率。これを下げるには、明確な表現が必要だ」
「曖昧な言葉を避ける」由紀が言った。
「そう。『そのうち』『たぶん』『適当に』は、解釈がバラバラになる」
「具体的な数字や日時を使う」
「完璧。『来週』より『11月25日10時』の方が、エラー率が低い」
陸が決意した。「次からは、ちゃんと確認取る」
「良い心がけだ。でも、過剰な確認も相手を疲れさせる」
「またバランス?」
「そう。信頼できる相手なら、確認は最小限でいい。不確実性が高い時は、確認を増やす」
由紀がまとめた。「伝わる確率は、努力で上げられる。でも、百パーセントは無理」
「その通り。ノイズのある世界では、完璧な通信はない」
「だから、諦めるんじゃなくて、確率を上げる努力をする」
葵が微笑んだ。「それが、情報理論の教えだ」
三人は頷いた。伝わる確率を上げる。それは、コミュニケーションの本質だった。