「どっちにすればいいんだ」
海斗が二つのパンフレットを前に頭を抱えていた。進路相談室で、レオと空が横にいた。
「どちらも良い選択に見える」レオが言った。
「だから困ってるんだよ。A大学もB大学も、甲乙つけがたい」
空が観察した。「選択肢が多いと、かえって選べなくなることがあります」
「選択のパラドックス」レオが用語を出した。「選択肢が増えると、満足度が下がる現象」
海斗が驚いた。「選択肢は多い方がいいんじゃないの?」
「直感的にはそう思える。でも、心理学の研究では逆の結果が出ている」
空が説明を加えた。「選択肢が少ないと、比較が簡単。でも、多すぎると、全てを検討しきれない」
「そして、決定を先延ばしにする」レオが続けた。「これを決定麻痺という」
海斗がまさに、という顔をした。「俺、まさにそれだ」
「なぜ麻痺するんでしょう?」空が聞く。
レオが考えた。「いくつか理由がある。一つは、最適解を求めすぎること」
「完璧な選択肢を探してしまう」
「そう。でも、完璧な選択は存在しない。全てにトレードオフがある」
海斗が二つのパンフレットを見比べた。「A大学は学費が安いけど遠い。B大学は近いけど学費が高い」
「どちらにも利点と欠点がある」空が確認した。
「だから決められない」海斗が嘆いた。
レオが別の視点を提示した。「もう一つの理由は、選ばなかった方への後悔を恐れること」
「機会損失の恐怖」空が補足した。
「そう。選択することは、他の可能性を手放すこと。それが怖い」
海斗が頷いた。「もしB大学を選んで、A大学の方が良かったらって思う」
「認知的不協和の予期」レオが説明した。「選択後に生じる不快感を、事前に想像している」
「それを避けるために、選択自体を避ける」
「でも、選ばないことも選択ですよね」空が指摘した。
海斗がハッとした。「確かに」
レオが言った。「時間切れで自動的に決まるのを待つ。でも、それは自分で選んだことにならない」
「後悔も大きくなりそう」
空が提案した。「選択の基準を明確にするのはどうでしょう?」
「基準?」
「何を最も重視するか。学費、距離、専攻の充実度、就職率...」
海斗が考え込んだ。「うーん、何が一番大事だろう」
レオが助言した。「完璧な基準はない。でも、自分の価値観に基づいて優先順位をつける」
「価値観か」海斗が繰り返した。
空がノートを出した。「書き出してみましょう。海斗さんが大学に求めるものは何ですか?」
海斗がゆっくり答えた。「やりたい研究ができること。それが一番かな」
「では、その観点から二つを比較してみてください」
海斗がパンフレットを読み直した。「研究設備は...A大学の方が充実してる」
「では、距離や学費はどうでも良い?」レオが確認した。
「いや、重要。でも、研究ほどじゃない」
空が微笑んだ。「優先順位が見えてきましたね」
海斗が少し楽になった表情を見せた。「そうか。全てを完璧にしようとしてた」
「最も重要な要素で決める」レオが言った。「他の要素は、妥協点を見つける」
「妥協って、悪いことじゃない?」
「現実的であるということ。理想と現実のバランスを取る」
空が付け加えた。「そして、選択した後は、その選択を正当化する努力をする」
「正当化?」
「人間は、自分の選択を正しかったと思いたい生き物。だから、選んだ後は、その選択の良い面を強調する」
レオが笑った。「認知的不協和の解消だ。自分を納得させる」
海斗が理解した。「つまり、選んだら、その道を正解にする努力をすればいい」
「その通り」空が認めた。「選択に正解はない。選んだ道を正解にする」
海斗が決意した表情になった。「じゃあ、A大学にする。研究を優先する」
「良い決断だ」レオが認めた。
「でも、まだ不安はある」海斗が正直に言った。
「それは自然なこと」空が優しく言った。「完全な確信を持って選べることの方が少ない」
レオが補足した。「不確実性と共に生きる。それが人間の条件だ」
海斗がパンフレットをしまった。「選択できない心、少し理解できた」
「選べないのは、責任を恐れているから」
「自分の人生を自分で決める責任」
空が頷いた。「でも、その責任を引き受けることが、成長につながります」
海斗が立ち上がった。「ありがとう、二人とも。これで前に進める」
選択できない心には、理由がある。完璧を求め、後悔を恐れ、責任を避ける。でも、選ぶことでしか、未来は開けない。そう気づくことが、第一歩だった。