「驚いた!」
陸が部室に飛び込んできた。
「何が?」由紀が聞いた。
「自販機で当たりが出た!」
葵が興味深そうに顔を上げた。「確率はどれくらい?」
「知らない。でも、すごく驚いた」
「その驚きが、情報量だ」葵が言った。
「え?」
由紀がノートを開いた。「驚きと情報量の関係ですか?」
「そう。稀な出来事ほど、情報量が多い」
陸が座った。「どういうこと?」
葵が説明した。「『太陽が昇った』と言っても、驚かないでしょ?」
「当たり前だから」
「そう。情報量はほぼゼロ。でも『太陽が西から昇った』なら?」
「すごく驚く!」
「それが高情報量だ」
由紀が理解した。「意外性が情報量を決める」
Professor S.が部室に入ってきた。「良い議論だ」
「教授、驚きと情報量について教えてください」
教授が頷いた。「情報量は、事象の確率の対数に反比例する」
「数式で言うと?」葵が補足した。「I(x) = -log P(x)」
「確率Pが小さいほど、情報量Iは大きい」
陸が考えた。「じゃあ、完全に予測できることは、情報量ゼロ?」
「そう。確率1の事象は、情報を運ばない」
由紀が例を考えた。「毎日学校に来るのは、情報量少ない」
「でも、突然休んだら?」
「情報量が高い。みんな『なぜ?』と思う」
教授が続けた。「エントロピーは、平均的な驚きだ」
「平均的な驚き?」
「あらゆる事象が起こりうる状況で、期待される情報量」
葵が図を描いた。「コイン投げ: 表50%、裏50% 平均情報量 = 1ビット」
「でも、偏ったコインなら?」
「表90%、裏10%なら、平均情報量は減る」
陸が理解した。「予測しやすいと、驚きが少ない」
「そう。エントロピーは不確実性の尺度」
由紀が質問した。「じゃあ、人生のエントロピーは?」
教授が微笑んだ。「面白い問い。人によって違う」
「どう違うんですか?」
「予測可能な生活を送る人は、低エントロピー。毎日が驚きの人は、高エントロピー」
陸が笑った。「俺は高エントロピーかも」
「でも、どちらが良いとは言えない」教授が補足した。
「低エントロピーは安定。高エントロピーは刺激的」
由紀がメモした。「選択の問題」
葵が別の視点を提示した。「でも、本当の驚きは、モデルの外から来る」
「モデルの外?」
「予想の範囲外。『そんなこと考えてもみなかった』という事象」
教授が頷いた。「それが最も高い情報量を持つ」
「新しい知識、新しい視点。それらは、世界観を変える」
陸が真剣になった。「情報理論を学んだのも、予想外だった」
「高情報量の経験だ」葵が認めた。
由紀が笑った。「最初は『情報理論クラブ?何それ』って思いました」
「でも、今は?」
「世界の見方が変わった」
教授が立ち去り際に言った。「それが学びの本質。驚きを通じて、成長する」
「高情報量の経験が、人を変える」
三人は静かに考えた。日常の中の驚き。小さな意外性。
それらを測る尺度が、情報量。
陸が言った。「じゃあ、明日は何ビットの驚きがあるかな」
「分からない。だから面白い」葵が答えた。
由紀がまとめた。「驚きの量で世界を測る:
- 稀な事象は高情報量
- エントロピーは平均的驚き
- 人生の豊かさは驚きの総量
- 学びは高情報量の経験」
窓の外で、夕日が沈む。予想通りの出来事。情報量はゼロ。
でも、その美しさは、測れない。
情報理論は万能じゃない。でも、世界を測る一つの物差しだった。