「情報に値段をつけられますか?」
由紀の質問に、部室が静まった。
葵が興味深そうに答えた。「できる。情報の価値理論という分野がある」
「どうやって測るんですか?」
「情報を得る前と後で、意思決定の期待効用がどれだけ変わるか」
陸が混乱した。「難しそう」
「具体例で考えよう」葵がホワイトボードに書いた。
「明日、外出する予定。雨なら傘が必要。晴れなら不要。でも、天気が分からない」
「天気予報を見れば?」由紀が言った。
「そう。その天気予報が、どれだけの価値を持つか計算できる」
葵が図を描いた。
「傘を持つ: 雨なら快適(効用10)、晴れなら重い(効用5) 傘なし: 雨なら濡れる(効用0)、晴れなら快適(効用10)」
「雨の確率が50%とすると、情報なしの最善行動は?」
陸が計算した。「傘を持つと期待効用7.5、持たないと5。だから持つ」
「正解。では、完璧な天気予報があれば?」
「雨と分かれば傘を持つ(効用10)、晴れと分かれば持たない(効用10)。期待効用は10」
「差は2.5。これが完璧な情報の価値だ」
由紀が驚いた。「情報自体に価値がある」
「そう。不確実性を減らすことで、より良い意思決定ができる」
ミラがノートに書いた。「Value of Information = E[utility with info] - E[utility without info]」
「正確な定義だ」葵が認めた。
陸が考えた。「じゃあ、不完全な情報は?」
「良い質問。天気予報の精度が70%なら、情報価値も減る」
葵が計算を続けた。「ベイズ更新を使って、事後確率を計算する。そこから期待効用を求める」
由紀がノートに書いた。「情報の価値は、精度に依存する」
「まさに。完璧な情報が最も価値が高く、全くランダムな情報は価値ゼロ」
ミラが補足した。「Information value in decision-making context」
「重要な指摘」葵が頷いた。「情報の価値は、文脈に依存する。同じ情報でも、状況や意思決定者によって価値が変わる」
陸が例を出した。「株価の情報は、投資家には価値があるけど、学生には無意味」
「その通り。情報の価値は、主観的かつ文脈依存だ」
由紀が深く考えた。「じゃあ、この部室での会話にも価値がある?」
「もちろん」葵が微笑んだ。「由紀にとって、情報理論の知識は、将来の意思決定を改善する。その期待効用の増加が、この会話の価値だ」
「でも、お金では測れない」
「確かに。金銭的価値と情報価値は別物。ただし、関連はある」
葵が続けた。「企業は、市場調査にお金を払う。その情報が、製品開発の意思決定を改善するから」
「費用対効果を計算してるんだ」陸が理解した。
「そう。情報収集のコストが、情報の価値を超えたら、無駄になる」
ミラが静かに言った。「Sometimes ignorance is optimal」
四人が黙った。深い洞察だった。
「無知が最適?」由紀が聞き返した。
「情報を得るコストが高すぎる場合、知らない方が良いこともある」葵が説明した。
「完璧な情報を求めすぎると、決断できなくなる」
陸が頷いた。「分析麻痺ってやつか」
「そう。情報理論は、いつ情報収集を止めるべきか、も教えてくれる」
由紀がまとめた。「情報の価値は、不確実性の削減と意思決定の改善で測る。でも、コストも考慮すべき」
「完璧なまとめ」葵が言った。
「情報の価値を測る。それが、今日の会議の価値だったのかも」
ミラが微笑んだ。珍しいことだった。
部室の外で、夕暮れが深まっていた。情報の価値を測る放課後会議。それ自体が、高い情報価値を持っていた。