「細胞の中で、どうやって物質が運ばれるの?」
奏がミリアに尋ねた。
「小さな郵便屋さんがいるんだよ」ミリアが微笑んだ。
「郵便屋さん?」
「小胞。脂質二重膜でできた小さな袋。タンパク質や他の分子を包んで運ぶ」
零が付け加えた。「細胞内の物流システムだ。非常に効率的で、正確」
ミリアがタブレットにアニメーションを表示した。小さな球が細胞内を移動している。
「これが小胞。細胞膜から出芽して、目的地まで運ばれる」
「どうやって出芽するの?」奏が興味深そうに聞く。
「コートタンパク質が鍵だ」零が説明した。「クラスリンやCOPが、膜を曲げて小胞を形成する」
ミリアが図を描いた。「クラスリンは三脚構造。集まるとサッカーボールみたいな形になる」
「可愛い」奏が笑った。
「機能的でもある。この構造が、膜を効率的に曲げる」
零が続けた。「エンドサイトーシス。細胞外の物質を取り込む過程だ」
「受容体が特定の分子を認識する。リガンドが結合すると、膜が内側に陥入する」
ミリアがアニメーションを進めた。「そして、小胞が細胞内に切り離される」
「中に物質が入ってる」奏が観察した。
「そう。これがエンドソーム、初期の仕分け場所」
零が説明を加えた。「エンドソームは酸性化される。pHが下がると、受容体とリガンドが解離する」
「なんで酸性に?」
「効率的なリサイクルのため。受容体は膜に戻され、リガンドは分解されるか、別の場所へ送られる」
ミリアが新しい図を表示した。「逆の過程もある。エキソサイトーシス」
「細胞内で作られた物質を、外に放出する」
奏が考えた。「例えば?」
「ホルモン、神経伝達物質、消化酵素」零が列挙した。
「シナプスでは、エキソサイトーシスが超高速で起きる。ミリ秒以下」
ミリアが興奮した。「カルシウムイオンがトリガー。Ca²⁺が流入すると、小胞が膜と融合する」
「融合?」
「二つの脂質二重膜が一つになる。SNAREタンパク質が媒介する」
零が詳しく説明した。「v-SNAREとt-SNARE。小胞と標的膜にそれぞれある。これらが結合して、膜を引き寄せる」
「ジッパーみたいに」ミリアが付け加えた。
奏が質問した。「でも、どうやって正しい場所に届くの?」
「素晴らしい質問」ミリアが頷いた。「Rabタンパク質が住所ラベルの役割をする」
「各小胞には特定のRabがある。目的地の膜には、対応する受容体がある」
零が図を描いた。「ゴルジ体では、さらに複雑な選別が起きる」
「ゴルジ体?」
「タンパク質の加工と選別の中心。郵便局の仕分けセンターみたいなもの」
ミリアがアニメーションを見せた。「タンパク質がゴルジ体を通過しながら、修飾される。糖鎖が付加されたり、切断されたり」
「そして、最終的な目的地に応じて、異なる小胞に入れられる」
奏が感心した。「すごいシステム」
「一日に何千回も起きてる」零が言った。
ミリアが付け加えた。「エラーもある。間違った場所に届いたり、小胞が詰まったり」
「それが病気の原因になることも」
零が例を挙げた。「リソソーム蓄積症。酵素が正しくリソソームに届かず、分解されない物質が蓄積する」
奏が真剣な顔をした。「小胞輸送、生命に不可欠なんですね」
「そう。細胞は小さな都市。物流がなければ、機能しない」
ミリアがアニメーションを最初から再生した。小胞が細胞内を忙しく動き回る。
「見えない郵便屋さんたちが、今も働いてる」
奏が自分の体に手を当てた。「私の中でも?」
「何兆個もの細胞で、毎秒」
零が静かに言った。「生命は、情報と物質の流れだ」
三人は画面を見つめた。小さな郵便屋さんが、生命を支える。
「ありがとう、小胞さん」奏が小声で言った。
ミリアと零が笑った。でも、その感謝は正しかった。