「なんで葉っぱは緑なの?」
透が窓の外の木を見ていた。
「クロロフィル」零が答えた。「緑の光を反射するから」
奏が不思議そうだった。「でも、光合成に使わないの?」
「鋭い」零が微笑んだ。「緑を反射するということは、緑を吸収してない」
「もったいない」透が言った。
「進化の選択」零が説明した。「赤と青の光が、エネルギー的に最適だった」
ミリアが吸収スペクトルを見せた。赤と青の部分に高いピーク。緑は低い。
「色素は選り好みする」零が続けた。「分子構造が、吸収する光を決める」
奏がノートに書いた。「どういう構造?」
「共役二重結合」零が分子を描いた。「二重結合が交互に並ぶ」
「それが何を?」
「電子が分子全体に広がる。非局在化という」
透が図を見た。「電子が自由に動ける?」
「ある程度ね。その分、エネルギー準位の間隔が狭まる」
奏が考えた。「エネルギー準位?」
「電子が取りうるエネルギーの段階。狭いと、可視光のエネルギーで遷移できる」
ミリアが図を描いた。基底状態と励起状態。
「光子を吸収すると、電子が上の準位に跳ぶ」零が説明した。
「跳んだ後は?」
「いくつかの道がある。熱として失うか、別の分子にエネルギーを渡すか、光として放出するか」
透が質問した。「蛍光?」
「そう。励起状態から戻るときに、光を出す。エネルギーが少し減ってるから、長い波長」
奏が理解した。「だから、蛍光は元の色より赤っぽい」
「ストークスシフト」零が認めた。
ミリアが別の色素を見せた。カロテノイド。オレンジ色。
「こっちは、青緑を吸収して、赤橙を反射する」零が説明した。
「紅葉の色だ」透が言った。
「そう。秋になると、クロロフィルが分解されて、カロテノイドが目立つ」
奏が感動した。「色って、化学なんだ」
「全て化学」零が言った。「目に見える色は、分子構造の証拠」
「美しい証拠」
「まさに。でも、光合成では色以上の意味がある」
ミリアがノートを見せた。「アンテナ複合体」
「複数の色素が協力する」零が説明した。「広い波長範囲の光を捕まえて、反応中心に送る」
「チームワーク?」透が言った。
「そう。一つの色素だけじゃ、効率が悪い。いろんな色素で、太陽光全体を利用する」
奏が図を見た。「クロロフィルa、b、カロテノイド、フィコビリン…」
「それぞれ、異なる波長を吸収する」零が続けた。「集めたエネルギーを、反応中心のP700やP680に集中させる」
「Pって?」
「色素、Pigment。700や680は吸収波長のナノメートル」
透が感心した。「よく考えられてる」
「30億年の最適化」零が言った。「シアノバクテリアから植物まで、洗練されたシステム」
ミリアが質問を書いた。「なぜ赤藻は赤い?」
「フィコエリトリン」零が答えた。「緑と黄色の光を吸収する。深海では、赤い光が届かないから」
奏が理解した。「環境に合わせた色素」
「そう。浅い海にはクロロフィル、深い海にはフィコビリン。光の質に適応」
透が窓の外を見た。「緑の世界も、実は虹色なんだ」
「見えない色が、エネルギーを運ぶ」零が静かに言った。
ミリアが微笑んだ。
「色素分子が作る景色」奏がつぶやいた。
「光を選び、エネルギーを集める」透が続けた。
「見えるものの向こうに、分子の世界がある」零が締めくくった。
四人は外の緑を見つめた。葉の中で、無数の色素分子が光を捕まえ、生命を支えている。色は、化学が描く最も美しい絵。