「醜いものは、見ない方がいいのかな」
蓮がつぶやいた。古い建物の写真を見ながら。
「なぜ?」ノアが聞いた。
「だって、不快になる」
美緒が静かに近づいた。写真を見る。
「でも」ノアが反論した。「醜さにも意味があるかもしれない」
「意味?」
「美の対極として。醜さがなければ、美も分からない」
蓮が考えた。「相対的な概念?」
「そう。光と影のように」
美緒が小声で言った。「...醜さは、正直」
二人が驚いた。
「正直?」蓮が聞き返した。
美緒が頷いた。「隠さない。ありのまま」
ノアが理解した。「美化しないことが、価値?」
「そうかもしれない」
蓮が別の視点を出した。「でも、醜いものを美術にすることがある」
「例えば?」
「ゴヤの『戦争の惨禍』。恐ろしい、醜い絵だ」
「でも、芸術作品」ノアが頷いた。
「なぜ?」
「真実を伝えるから」
美緒が静かに言った。「...醜さは、警告」
「警告?」蓮が考えた。
「見たくないもの。でも、見るべきもの」
ノアが補足した。「ホロコーストの写真。醜く、残酷だ。でも、記録すべきだ」
「忘れないために」
「そう。醜さが、記憶を保つ」
蓮が整理した。「じゃあ、醜さには二つの意味がある。美的な醜さと、道徳的な醜さ」
「面白い区別だ」ノアが認めた。
「美的な醜さは?」
「形や色の不快さ。でも、主観的だ」
「道徳的な醜さは?」
「暴力、不正、残酷。これは客観的に悪だ」
美緒が反論した。「...全て主観」
「え?」
「文化で違う。時代で違う」
ノアが頷いた。「確かに。絶対的な醜さは、ないかもしれない」
蓮が反発した。「でも、拷問は醜い。誰が見ても」
「それは、苦痛への共感だ」ノアが説明した。「醜さそのものじゃない」
「じゃあ、醜さは幻?」
「いや、実在する。でも、解釈による」
美緒がページをめくった。詩を読む。
「『美は醜、醜は美』」
「シェイクスピア?」蓮が聞いた。
美緒が頷いた。
「逆説だ」ノアが言った。「でも、深い」
「どういう意味?」
「見かけと本質は、違うことがある」
蓮が理解した。「美しく見えるものが、内面は醜い」
「そして、醜く見えるものが、内面は美しい」
美緒が静かに言った。「...外見は、嘘」
「常にではない」ノアが慎重に言った。「でも、時々」
「じゃあ、本当の醜さは?」
「カントは言った。『道徳的な悪が、真の醜だ』」
蓮が考えた。「心の醜さ」
「悪意、冷酷さ、利己主義」
美緒が微笑んだ。「でも、それも...」
「何?」
「...人間らしさ」
二人が驚いた。
「人間らしさ?」蓮が聞き返した。
「完璧じゃない。弱い。間違う」
ノアが理解した。「不完全さが、人間の本質」
「醜さを含めて、人間」
蓮が深呼吸した。「じゃあ、醜さを受け入れる?」
「拒否するのではなく、理解する」ノアが答えた。
「でも、改善は?」
「もちろん。でも、完全に消せるとは思わない」
美緒が立ち上がった。窓を開ける。風が入る。
「...醜い風も、必要」
「醜い風?」蓮が笑った。
「冷たい、痛い。でも、目を覚ます」
ノアが頷いた。「不快な真実も、価値がある」
「現実を見せる」
蓮がまとめた。「醜さは、欠点であり、価値でもある」
「文脈による」ノアが補足した。「何を目的とするか」
美緒が静かに言った。「...全てを、受け入れる」
「美も醜も?」
「そう。両方あって、世界」
蓮が窓の外を見た。美しい空。でも、建物の裏には、ゴミがある。
「現実は、混在してる」
「清濁併せ吞む」ノアが言った。「老子の教えだ」
「醜さから目を逸らさない」
「でも、醜さに囚われない」
美緒が微笑んだ。同意のサイン。
三人は静かに立っていた。
醜さは、消せない。
でも、意味がある。
それを理解するとき、少し世界が広がる。
美だけでは、世界は語れない。
醜さも含めて、真実だ。