「言葉がなければ、考えられないのか?」
レンが図書室で問いかけた。
「深い質問だ」サイモンが本を置いた。「言語決定論の話?」
「サピア・ウォーフ仮説だね」
「そう。言語が思考を規定する、という考え」
レンが疑問を示した。「でも、赤ちゃんは言葉がなくても考えてる」
「興味深い反例だ」サイモンが頷いた。「では、何で考えている?」
「イメージ、感覚、感情?」
「非言語的思考だね」
レンがノートに書いた。「言語的思考と、非言語的思考」
「両方あるかもしれない」サイモンが提案した。
「でも、複雑な思考には言語が必要じゃない?」
「例えば?」
「『正義とは何か』とか。抽象概念は、言葉なしで考えられる?」
サイモンが考え込んだ。「難しい。でも、不可能ではないかもしれない」
「どういうこと?」
「例えば、音楽家は音で考える。数学者は図形で考える」
レンが理解した。「言語以外の記号システムで思考する?」
「まさに。言語は思考の道具の一つ。唯一ではない」
「でも、言語が最も強力?」
「強力だが、万能ではない」サイモンが区別した。「言語化できない経験がある」
「例えば?」
「音楽の美しさ、愛の感覚、存在の不安」
レンが頷いた。「クオリアの問題だ」
「クオリア?」
「主観的な質感。説明できない、感じるだけのもの」
サイモンが興味を持った。「赤い色を見たときの『赤さ』?」
「そう。言葉では伝えられない」
「でも、『赤い』という言葉はある」
「言葉は指示する」レンが説明した。「でも、経験そのものは伝達できない」
「じゃあ、言語は不完全?」
「思考の全てを捉えられない、という意味では」
サイモンが別の角度から考えた。「でも、言語がなければ、複雑な社会は作れない」
「同意する。共有された意味が必要だ」
「だから、言語は思考を可能にする?」
レンが慎重に答えた。「可能にする、というより、拡張する」
「拡張?」
「基本的な思考は言語なしでもできる。でも、言語があれば、もっと精緻に、もっと複雑に考えられる」
「道具としての言語?」
「そう。ハンマーが手の機能を拡張するように、言語が思考を拡張する」
サイモンが質問した。「じゃあ、異なる言語を話す人は、異なる思考をする?」
「弱い意味ではそうだ」レンが認めた。「言語が注目する側面が違う」
「例えば?」
「日本語には『わび・さび』という概念がある。英語に直訳できない」
「じゃあ、英語話者は、その概念で考えられない?」
「考えられないわけじゃない。でも、アクセスしにくい」
サイモンが納得した。「言語は、思考の窓?」
「良い比喩だ。窓が違えば、見える風景も変わる」
「でも、風景自体は同じ?」
「それは分からない」レンが認めた。「言語の外に出られないから」
「じゃあ、言語に縛られている?」
「縛られているが、同時に解放されてもいる」
サイモンが混乱した。「矛盾してない?」
「矛盾している」レンが微笑んだ。「言語は制約であり、可能性でもある」
「どういうこと?」
「言語は選択肢を限定する。でも、その中で無限の組み合わせが可能だ」
「枠の中の自由?」
「まさに」
サイモンが窓の外を見た。「じゃあ、沈黙で考えることは?」
「非言語的思考だ」レンが答えた。「言語以前、または言語以後」
「言語以後?」
「言語を通過して、その先へ行く。禅の境地に近い」
サイモンが笑った。「哲学は、言語の限界を探る?」
「そして、限界の先を指し示す」
「言葉で?」
「逆説的だが、そうだ」レンが認めた。「言語を使って、言語を超える」
サイモンが立ち上がった。「今日は頭が疲れた」
「考えすぎたな」
「考えること自体を考えると、無限ループになる」
レンが笑った。「それが哲学の醍醐味だ」
二人は黙って図書室を出た。言葉のない沈黙が、雄弁に語った。