「昨日の私と今日の私、同じ人間だと思う?」
晴の問いに、サイモンが興味深そうに振り返った。
「古典的な哲学問題だ。テセウスの船」
「テセウスの船?」
「船の部品を少しずつ交換していく。全部が新しくなったとき、それは元の船か?」
ノアが割って入った。「人間の細胞も、数年で全部入れ替わるって聞いた」
「そう」サイモンが頷いた。「物理的には、君たちは完全に別の物質でできている」
晴が戸惑った。「じゃあ、私は私じゃない?」
「物質的同一性と、人格的同一性は別だ」サイモンが説明した。「ジョン・ロックの議論だ」
「人格的同一性?」
「記憶の連続性だ。過去の自分を覚えているから、同じ人間だと言える」
ノアが疑問を呈した。「でも、記憶って曖昧だよ。忘れることもあるし、間違って覚えることもある」
「鋭い」サイモンが認めた。「トマス・リードは、記憶説を批判した。記憶が途切れたら、別人になるのか、と」
晴が考え込んだ。「私、小さい頃の記憶がほとんどない。それでも私は私?」
「記憶の直接の連鎖じゃなくて、間接的な繋がりで十分だとロックは言った」
ノアが別の視点を出した。「私は、自己って固定されてないと思う。その時々で変わる」
「流動的自己」サイモンが言った。「仏教的な考えに近い。諸行無常」
「全ては変化する?」
「そう。固定的な自己を想定すること自体が、執着だという考えだ」
晴が抵抗した。「でも、変わり続けるだけなら、責任を取れない。昨日の私の行動に、今日の私が責任を持つ根拠がない」
「するどい批判だ」サイモンが微笑んだ。「だから西洋哲学は、同一性を重視する。法や倫理のため」
ノアが静かに言った。「でも、変わることを認めないと、成長もない」
「同一性と変化のパラドックス」サイモンが整理した。「同じでありながら、変わる。矛盾してるようで、両立してる」
晴が例を出した。「川の流れみたい。水は常に入れ替わるけど、川は川のまま」
「ヘラクレイトスの比喩だ」サイモンが嬉しそうに言った。「同じ川に二度入ることはできない」
「でも」ノアが続けた。「川という形は保たれる。変化と恒常性が共存してる」
晴が自分の手を見た。「じゃあ、私の中に変わらないものはあるの?」
サイモンが答えた。「それは哲学者でも意見が分かれる。プラトンは魂の不変性を信じた。ヒュームは否定した」
「ヒュームは何て言ったの?」
「自己は知覚の束に過ぎない。固定的な核はない」
ノアが共感した。「その瞬間瞬間の経験の集まりが、自分?」
「そう。統一された主体は、幻想かもしれない」
晴が不安になった。「じゃあ、本当の自分なんていない?」
「本質主義を疑うことだ」サイモンが言った。「『本当の自分』という固定的なものを探すより、『今の自分』を受け入れる」
ノアが優しく言った。「自分は、作り続けるものかもしれない。発見じゃなくて、創造」
「実存主義的だね」サイモンが頷いた。「サルトルは『実存は本質に先立つ』と言った」
晴が理解し始めた。「生まれた時に決まってるんじゃなくて、生きることで作られる?」
「まさに。君は何者でもない状態から、選択を通じて自分を作る」
ノアが問うた。「じゃあ、完全に自由に自分を作れる?」
「限界はある」サイモンが認めた。「生まれた環境、身体、歴史。それらが制約になる」
晴が深く息をついた。「固定でも流動でもなく、その中間?」
「その通り。硬直した同一性も、完全な流動性も、どちらも極端だ」
ノアが窓の外を見た。「桜の木みたい。幹は同じだけど、葉は毎年変わる」
「美しい比喩だ」サイモンが微笑んだ。
晴が静かに言った。「自己は物語かもしれない。変化を繋ぐのは、語り」
「ポール・リクールの考えに近い」サイモンが驚いた。「物語的自己」
「物語なら、変化も統一も説明できる」
ノアが付け加えた。「そして、物語は何度でも語り直せる」
晴が微笑んだ。「私は、私の物語を生きてる。固定でも流動でもなく、紡がれ続ける何か」
三人は静かに頷き合った。自己の探求は、終わりのない物語だ。