「人生に目的って、必要なの?」
晴が唐突に聞いた。放課後の教室、蓮とノアが驚いた顔をした。
「どうした、急に」蓮が問う。
「進路調査票を書いててさ。『将来の目標』って欄があって」
ノアが笑った。「書けなかった?」
「書いたけど...嘘っぽくて」
蓮が真剣な顔になった。「目的がないと感じてる?」
「うん。みんな『医者になる』とか『起業する』とか書いてる。でも、私には特にない」
「それは問題か?」ノアが聞いた。
晴が戸惑った。「問題...じゃない?」
「なぜ問題だと思う?」
「目的がないと、どこに向かえばいいか分からない」
蓮が反論した。「でも、目的があれば必ず正しい方向に向かえるのか?」
「え?」
「目的が間違っていたら?目的に縛られて、他の可能性を見逃したら?」
晴が考え込んだ。「目的は...諸刃の剣?」
「そうとも言える」ノアが加わった。「サルトルは言った。『実存は本質に先立つ』」
「実存?本質?」
「人間は、最初は目的も意味もなく存在する。それが実存。そして、生きる中で自分の本質を作る」
晴が驚いた。「作る?見つけるんじゃなくて?」
「見つけるのではなく、作る」蓮が強調した。「これは実存主義の核心だ」
「でも」晴が反論した。「目的がないと、ただ流されるだけじゃない?」
「流されるのと、自由に選ぶのは違う」ノアが指摘した。「目的がないからこそ、自由に選べる」
「自由...」
蓮が例を出した。「登山者は山頂という目的がある。でも、散歩する人には目的はない。どちらが豊かか?」
「分からない」晴が正直に言った。
「正解はない」ノアが微笑んだ。「でも、考えてみて。登山者は山頂だけを見る。散歩する人は、道中のすべてを楽しめる」
「でも、登山者には達成感がある」
「そう。だから、どちらが良いかは決められない」蓮が総括した。「重要なのは、自分がどちらを選ぶか」
晴が腕を組んだ。「じゃあ、私は散歩する人?」
「それは君が決めること」ノアが言った。「でも、散歩でも構わない」
「本当に?」
「ニーチェは『目的なき遊戯』を賛美した」蓮が付け加えた。「目的に縛られない生き方も、一つの哲学だ」
晴が少し楽になった。「でも、社会は目的を求めるよね」
「社会の要求と、自分の真実は違う」ノアが静かに言った。「他者の期待に応えるために生きるのか、自分の真実に従うのか」
「難しい選択」
「人生はその連続だ」蓮が認めた。「でも、目的がなくても、方向性はある」
「方向性?」
「価値観、興味、直感。それらが示す方向に進む。目的地は決まってなくても、進む方向はある」
晴が目を輝かせた。「コンパスはあるけど、地図はない?」
「詩的だが、正確だ」ノアが笑った。「目的は地図。でも、コンパスだけでも旅はできる」
「むしろ」蓮が続けた。「コンパスだけの方が、予期しない発見がある」
晴が進路調査票を見た。「じゃあ、『目標』の欄、どう書こう」
「正直に書けばいい」ノアが助言した。「『今は模索中』でも構わない」
「模索も、立派な状態」蓮が支持した。「目的のない時期があってこそ、本当の目的が見つかる」
晴が笑った。「目的を見つけるために、目的がない時期が必要」
「逆説的だが、真実だ」
晴がペンを取った。「『様々な可能性を探りながら、自分の価値観を見つけたい』」
ノアと蓮が頷いた。
「完璧だ」蓮が言った。
「目的は必要か?」晴がつぶやいた。「答えは『必要な人には必要。不要な人には不要』」
「それも一つの答えだ」ノアが微笑んだ。
窓の外で、鳥が自由に飛んでいた。目的地はないかもしれない。でも、確かに飛んでいる。