「権力は悪だ」
晴が断言した。
サイモンが眉を上げた。「本当に?」
「だって、権力者はいつも腐敗する」
蓮が冷静に問う。「『いつも』?絶対に?」
晴が少し迷った。「まあ…多くの場合」
「それは、権力自体の問題?それとも人間の問題?」サイモンが聞いた。
「え?」
「権力というシステムが悪なのか、権力を持つ人間が悪なのか」
晴が考え込んだ。「分からない…でもアクトンの格言があるじゃない。『権力は腐敗する』」
蓮が正確に引用した。「『権力は腐敗する傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する』」
「そう!だから権力は悪」
「待って」サイモンが言った。「『腐敗する傾向がある』は、『必ず腐敗する』じゃない」
晴が反論した。「でも、危険でしょ?」
「危険と悪は違う」蓮が指摘した。「ナイフも危険だけど、悪じゃない」
「でも、ナイフは道具。権力は…」
「権力も道具だ」サイモンが言った。「使い方次第」
晴が疑問を持った。「じゃあ、善い権力の使い方ってある?」
「ある」蓮が答えた。「秩序の維持、弱者の保護、公共の利益」
「でも、それって建前じゃない?」
サイモンが首を横に振った。「常にそうとは限らない。歴史には、善良な指導者もいた」
「例えば?」
「マルクス・アウレリウス。哲人皇帝と呼ばれた」
晴が考えた。「でも、少数派でしょ?」
「そう」蓮が認めた。「だから、問題は権力の集中だ」
「集中?」
「一人に権力が集まりすぎると、腐敗のリスクが高まる」
サイモンが補足した。「だから、民主主義は権力を分散する」
「三権分立とか?」
「そう。チェック・アンド・バランス」
晴が納得しかけた。「じゃあ、権力自体は悪じゃなく、集中が問題?」
「部分的には」蓮が言った。「でも、もう一つある」
「何?」
「責任の欠如」
サイモンが説明した。「権力には、責任が伴うべきだ」
「でも、実際には?」
「権力者が責任を取らないことが多い」蓮が言った。「それが腐敗を招く」
晴が窓の外を見た。遠くに政府の建物が見える。
「権力を持たない方が、楽かも」
「楽だけど」サイモンが言った。「何も変えられない」
「変える?」
「社会を良くするには、ある程度の権力が必要だ」
蓮が付け加えた。「権力の放棄も、責任の放棄になりうる」
晴が驚いた。「どういうこと?」
「権力を拒否すれば、悪い人だけが権力を持つ」
「なるほど…」
サイモンが締めくくった。「だから、権力を善悪で分けるのは単純すぎる」
「じゃあ、どう考えれば?」
「道具として見る」蓮が言った。「誰が、何のために、どう使うか」
晴が深呼吸した。「複雑だね」
「複雑だ」サイモンが認めた。「でも、単純化は危険だ」
「なぜ?」
「『権力は悪』という思考停止が、無関心を生む」
晴が考え込んだ。「無関心も問題?」
「大問題」蓮が断言した。「民主主義は、市民の関与が必要」
「でも、一人に何ができる?」
「小さな権力を持ってる」サイモンが言った。「投票権、発言権、影響力」
晴が驚いた。「それも権力?」
「そう。そして、その権力をどう使うかが大事」
蓮が付け加えた。「権力を恐れるんじゃなく、責任を持って使う」
晴がノートに書いた。「権力は中立的な道具。使い方が善悪を決める」
「良いまとめだ」サイモンが微笑んだ。
三人は静かに考えた。権力という、避けられない人間的構造について。