「全ての人間は死ぬ。ソクラテスは人間である。ゆえにソクラテスは死ぬ」
レンが教科書の例を読み上げた。
「完璧な論理だ」
「でも」晴が首を傾げた。「何か、冷たい感じがする」
「冷たい?」レンが眉をひそめた。「論理に温度はない」
サイモンが笑った。「でも、晴の感覚は正しいかもしれない」
「論理が冷たい?」
「論理は道具だ。人間の目的や価値とは独立している」サイモンが説明した。
レンが反論した。「だから公平で信頼できる」
「本当に?」サイモンが問い返した。「論理は前提に依存する。前提が間違っていたら?」
晴が考えた。「論理的でも、結論が間違う?」
「ゴミを入れればゴミが出る。Garbage in, garbage out」
レンが認めた。「前提の選択は、論理の外にある」
「では、前提はどう選ぶ?」サイモンが尋ねた。
「...証拠に基づいて」
「その証拠の解釈は?」
レンが黙った。
晴が口を開いた。「じゃあ、論理だけじゃ足りない?」
「論理は必要だが、十分ではない」サイモンが頷いた。
「何が足りないの?」
「価値判断、文脈理解、そして直観」
レンが反発した。「直観は曖昧だ。論理こそ明確で普遍的だ」
「ヒュームは言った。『理性は情念の奴隷である』」サイモンが引用した。
「意味は?」晴が聞く。
「理性は目的を定められない。欲求や価値観が目的を与え、理性はそれを達成する手段を示す」
レンが考え込んだ。「...確かに。論理は『どうやって』を教えるが、『なぜ』は教えない」
晴が興奮した。「つまり、論理は地図みたいなもの?」
「良い比喩だ」サイモンが認めた。「地図は道を示すが、どこへ行くかは決めない」
「目的地は、自分で決める」
「そして、その決定に論理は使えない」
レンが少し不安そうに言った。「じゃあ、何を使うの?」
「価値観、感情、経験、そして他者との対話」
晴がノートに書き込んだ。「論理は万能じゃない。でも、必要不可欠」
サイモンが付け加えた。「論理の限界を知ることが、論理を正しく使う第一歩だ」
レンがため息をついた。「完璧な思考法を探してた」
「完璧な思考法は存在しない」サイモンが言った。「それぞれに長所と短所がある」
晴が尋ねた。「論理の長所は?」
「明確さ、一貫性、検証可能性」レンが答えた。
「短所は?」
「前提への依存、価値判断の欠如、形式への過度の拘り」
サイモンが補足した。「そして、人間の複雑さを捉えきれないこと」
晴が考え込んだ。「人間は論理的じゃない?」
「論理的な側面もあるが、それだけじゃない」
レンが静かに言った。「僕は論理を過信していたかもしれない」
「論理を信頼するのは良い。でも、唯一の道具だと思わないこと」サイモンがアドバイスした。
晴が笑った。「レンも人間なんだね」
「当たり前だ」レンが照れた。
「でも、今まで論理だけで生きようとしてた?」
レンが認めた。「...そうかもしれない」
サイモンが優しく言った。「論理は美しい。でも、人生は論理だけじゃ語れない」
「詩や音楽は論理的じゃない。でも意味がある」晴が言った。
レンが頷いた。「分かってきた。論理は一つの視点に過ぎない」
「そして、複数の視点を持つことが、本当の知恵だ」サイモンが締めくくった。
晴がレンを見た。「じゃあ、これから直観も使ってみる?」
レンが少し笑った。「...試してみる」
サイモンが立ち上がった。「では、次は直観について話そう」
「直観も不完全なんですよね?」晴が確認した。
「もちろん。全ての道具は不完全だ。だから、組み合わせる」
三人は図書館を出た。論理だけでは解けない問いが、世界には満ちていた。