「どれにしよう」
晴が進路資料の山を前に呟いた。大学、専門学校、就職。選択肢が多すぎる。
「選べることは、幸せだと思ってた」
サイモンが隣に座った。「選択のパラドックスだね」
「パラドックス?」
「心理学者バリー・シュワルツの研究だ。選択肢が多すぎると、かえって不幸になる」
晴が驚いた。「なぜ?」
「三つの理由がある」サイモンが説明を始めた。「一つ目は、決定麻痺。選択肢が多すぎて、決められなくなる」
「それ、今の私だ」
「二つ目は、後悔。選ばなかった選択肢が気になる」
蓮が加わった。「機会費用の概念だ。選んだものの価値から、選ばなかったものの価値を引く」
「ややこしい」晴が頭を抱えた。
「三つ目は、期待値の上昇」サイモンが続けた。「選択肢が多いと、完璧な選択ができると期待する。でも、実際は不可能だ」
「じゃあ、選択肢は少ない方がいい?」
「単純化しすぎだ」蓮が指摘した。「選択肢がなさすぎるのも問題だ」
「バランス?」
「そう。適度な選択肢が、最も幸福度が高い」
晴が聞いた。「適度って、どれくらい?」
「研究によると、三から五つが理想的」サイモンが答えた。
「こんなにあるのに」晴が資料を指差した。
「だから、フィルタリングが必要だ」蓮が言った。「すべての選択肢を平等に検討するのは非効率」
「どうフィルタリングするの?」
「価値観に基づく」蓮が説明した。「自分にとって重要な基準を明確にする」
サイモンが付け加えた。「例えば、君は何を大切にしてる?」
晴が考えた。「...創造性と、人との関わり」
「それを軸に絞れば、選択肢は減る」
晴が資料を見直した。「確かに、これとこれは違う」
蓮が哲学的観点を加えた。「サルトルは、人間は自由の刑に処されていると言った」
「自由が刑?」
「選択は、責任を伴う。選んだ結果は、自分の責任だ」
晴が不安そうに言った。「重い」
「だから、選択から逃げたくなる」サイモンが理解を示した。
「逃げていい?」
「逃げることも選択だ」蓮が言った。「でも、選ばないことを選んだ責任は残る」
晴が混乱した。「どうすればいいの?」
サイモンが整理した。「完璧な選択を目指すな。満足できる選択を目指せ」
「満足できる?」
「心理学では、マキシマイザーとサティスファイサーという概念がある」
蓮が説明した。「マキシマイザーは最良を追求する。サティスファイサーは十分良いものを選ぶ」
「どっちがいい?」
「サティスファイサーの方が幸福度が高い」サイモンが答えた。「完璧を追求すると、終わりがない」
晴が納得した。「完璧じゃなくていい?」
「むしろ、完璧を諦めることが賢明だ」
「でも」晴が不安を口にした。「間違った選択をしたら?」
蓮が静かに言った。「間違った選択は存在しない」
「え?」
「どの選択も、その時点での最善だ。結果は後から見える」
サイモンが補足した。「そして、選択は一度きりじゃない。修正できる」
「人生は、やり直せる?」
「完全なやり直しは無理だが、方向転換はできる」
晴が希望を持った。「じゃあ、今の選択にそんなに悩まなくていい?」
「悩むのは大事だ」蓮が言った。「でも、悩みすぎて動けなくなるのは本末転倒だ」
サイモンが立ち上がった。「決断には、勇気が必要だ。不確実性を受け入れる勇気」
晴が資料を三つに絞った。「これで決める」
「良い判断だ」蓮が認めた。
「でも、まだ迷ってる」
「それでいい」サイモンが微笑んだ。「完全な確信は幻想だ」
晴が深呼吸した。「選べることは、幸せとは限らない。でも、自由の証だ」
蓮が頷いた。「自由には、不安が伴う。それが人間の条件だ」
サイモンが窓を見た。「大事なのは、選んだ後だ。選択を正解にする努力」
「選択を正解にする?」
「どんな選択も、その後の行動次第で価値が変わる」
晴がノートに書いた。「選択は始まり。終わりじゃない」
「その通り」蓮が言った。「選ぶことより、選んだものを育てることが重要だ」
晴が三つの資料を見つめた。どれを選んでも、きっと大丈夫。
そう思えるようになった。
「選べることは、責任だ。でも、可能性でもある」
サイモンが静かに言った。「君はもう、選択の意味を理解している」
三人は静かに次の一歩を考え始めた。選択の先に、未来が待っている。