「進路を自分で決められるって、怖い」
晴が震える声で言った。
「自由が怖い?」ノアが不思議そうに聞く。
「だって、間違えたら、全部自分のせいになる」
サイモンが静かに言った。「サルトルの言葉を思い出す。『人間は自由の刑に処せられている』」
「刑?」晴が顔を上げた。
「自由は贈り物じゃなく、重荷だという意味だ」
ノアが考えた。「でも、自由がなければ、選べない」
「選べないなら、責任もない」晴が言った。
「それは楽?」サイモンが問う。
「...楽かもしれない。でも、虚しい」
「そこだ」サイモンが頷いた。「自由と責任は、セットなんだ」
晴が戸惑った。「なぜ?」
「責任を負えるのは、選択の余地があったから。選択肢がなければ、責任も生じない」
ノアが補足した。「石が落ちても、石に責任はない。意思がないから」
「じゃあ、自由意志がない人には責任もない?」
「そう。だから、法律では心神喪失状態の人を責任能力がないとみなす」
晴が深呼吸した。「自由があるから、責任が生まれる」
「逆も言える」サイモンが言った。「責任を負えるから、自由がある」
「どういうこと?」
「誰も責任を負わない社会を想像してみて」
晴が考えた。「...混乱する」
「そう。責任を負う能力があるから、自由を認められる」
ノアが別の角度から聞いた。「じゃあ、自由を放棄すれば、責任から逃れられる?」
「放棄できる?」サイモンが逆に問うた。
「誰かに従えば...」
「それも選択だ。従うことを選んでいる」
晴が驚いた。「選ばないことも、選択?」
「そう。サルトルはそれを『悪しき信仰』と呼んだ」
「悪しき信仰?」
「自分に選択の自由がないふりをすること。でも、実際には選んでいる」
ノアが静かに言った。「じゃあ、完全に自由から逃れることはできない」
「できない。人間である限り」
晴が窓の外を見た。「重すぎる」
「重い」サイモンが認めた。「でも、それが人間の尊厳でもある」
「尊厳?」
「動物や物と違って、自分の人生を作れる。その力が尊厳を生む」
ノアが付け加えた。「自由がなければ、主体性もない」
「主体性?」晴が聞く。
「自分が人生の主人公であるという感覚」
晴が少し理解した。「自由を奪われたら、操り人形?」
「そう。だから、自由は守るべき価値なんだ」
サイモンが考え込んだ。「でも、無限の自由は存在しない」
「どうして?」
「他者の自由と衝突するから。自由は、他者の自由を侵さない範囲でしか行使できない」
ノアが整理した。「自由には限界があり、その限界内で責任を負う」
「その通り」
晴がゆっくり言った。「じゃあ、自由は責任の別名というより、表裏一体?」
「良い表現だ」サイモンが微笑んだ。
「自由だけ欲しい、は通らない」
「通らない。両方を引き受けるしかない」
ノアが静かに尋ねた。「でも、その重さに耐えられない人は?」
「多い」サイモンが認めた。「だから、権威に従ったり、集団に埋没したりする」
「それは間違い?」
「間違いとは言えない。生存戦略の一つだ」
晴が考えた。「でも、何かを失う」
「失う。自分らしさ、主体性、尊厳」
「高い代償」
「そう。だから、自由と責任は逃げられない問いなんだ」
晴が立ち上がった。「進路を選ぶの、やっぱり怖い」
「怖いままでいい」ノアが言った。「怖さを認めることも、自由の一部」
「怖がりながら、選ぶ?」
「そう。完璧な選択はない。でも、選ぶこと自体に意味がある」
サイモンが静かに言った。「後悔するかもしれない。でも、それも含めて自分の人生だ」
晴が深く息を吐いた。「自由は責任の別名。そして、生きることの別名」
「哲学的だ」サイモンが笑った。
「自由から逃げない」晴が決意した。
「良い選択だ」ノアが微笑んだ。「それも、自由の行使だね」
三人は静かに座っていた。自由の重さを、少しずつ受け入れながら。