「今日のランチ、自分で選んだ」
晴が言った。
蓮が問う。「本当に?」
「え?もちろん」
「その選択に影響した要因は?」
晴が考えた。「好み、空腹感、予算…」
「それらは、どこから来た?」蓮が続ける。
「好みは…育ちや経験?」
「そう。すべて過去に決定されてる」
晴が抵抗した。「でも、最終的に決めたのは私」
サイモンが介入した。「その『私』は、何でできてる?」
「え?」
「脳、記憶、遺伝子…すべて物理的プロセスだ」
晴が混乱した。「じゃあ、自由意志は幻想?」
蓮が頷いた。「決定論的にはね」
「決定論?」
「すべての事象は、先行する原因によって決定される」
サイモンが補足した。「ラプラスの悪魔。宇宙の完全な情報があれば、未来も完全に予測できる」
晴が考え込んだ。「でも、それって怖くない?」
「なぜ?」蓮が聞く。
「意味がないじゃん。選択が幻想なら」
「意味と因果は別」蓮が言った。「決定されてても、体験は変わらない」
サイモンが別の視点を示した。「でも、量子力学は違う」
「量子力学?」
「粒子の振る舞いは、確率的だ。決定論的じゃない」
晴が希望を持った。「じゃあ、ランダムだから自由?」
「そうとも言えない」蓮が否定した。「ランダムは、選択じゃない」
「どういうこと?」
「自由意志は『意図的選択』だ。ランダムは『無意図的』」
サイモンが頷いた。「だから、量子的不確定性も、自由意志を保証しない」
晴が落胆した。「じゃあ、どっちにしても自由意志はない?」
「待って」蓮が言った。「定義次第だ」
「定義?」
「絶対的自由意志か、相対的自由意志か」
サイモンが説明した。「絶対的自由意志は、因果から完全に独立した選択」
「それは不可能?」
「そう見える」蓮が言った。「でも、相対的自由意志は可能だ」
「相対的自由意志?」
「外部の強制がない選択。自分の意志に従う選択」
晴が混乱した。「でも、その『自分の意志』も決定されてるんでしょ?」
「そう」蓮が認めた。「でも、主観的には自由だ」
サイモンが補足した。「相容性主義。決定論と自由意志は両立する」
「どうやって?」
「『自由』を再定義する。因果から独立じゃなく、強制から独立」
晴が考えた。「じゃあ、銃を突きつけられた選択と、自発的な選択は違う?」
「その通り」蓮が頷いた。「どちらも因果的に決定されてる。でも、後者は自由だ」
「なぜ?」
「内的動機に従ってるから」
サイモンが付け加えた。「自由意志は、『原因がない』ことじゃなく、『正しい原因』があること」
晴が納得しかけた。「正しい原因って?」
「自分の価値観、信念、欲求」
「でも、それも外部から来るんじゃ?」
「そう」蓮が認めた。「でも、内面化されれば、『自分』になる」
晴が窓の外を見た。人々が歩いている。それぞれの選択で。
「みんな、自由だと感じて生きてる」
「その感覚が大事」サイモンが言った。「たとえ形而上学的には幻想でも」
「なぜ大事?」
「責任感、自己効力感、人間の尊厳」蓮が列挙した。「すべて自由意志の感覚に依存する」
晴が深呼吸した。「じゃあ、真実より、感覚の方が重要?」
「実用的には」サイモンが言った。「でも、哲学的には問い続ける」
蓮が締めくくった。「自由意志の実在性は、未解決だ。でも、それで問題ない」
「なぜ?」
「完全な答えがなくても、生きていける」
晴が笑った。「哲学って、答えを出さないね」
「答えより、問いが大事」サイモンが言った。
三人は、それぞれの自由について、自由に、あるいは必然的に、考え続けた。