「こっちの道にする」
晴が突然、左の路地を選んだ。
「なぜ?」蓮が聞く。
「なんとなく」
「理由がないのか」
晴が振り返った。「ダメ?」
サイモンが笑った。「理由のない選択。哲学的に興味深い」
蓮が真剣に考え始めた。「自由意志の証明になるか?」
「どういうこと?」晴が聞く。
「理由がない選択は、因果から自由だ」
サイモンが反論した。「いや、無意識の理由があるかもしれない」
「例えば?」
「左利きの人は左を選びやすい。光の差し方、匂い、過去の記憶...」
晴が考え込んだ。「じゃあ、理由のない選択は存在しない?」
蓮が整理した。「意識的な理由がなくても、無意識の因果はある」
「それって、自由じゃない?」
「自由の定義による」サイモンが言った。
晴が立ち止まった。「じゃあ、理由がない選択って、いいこと?悪いこと?」
「サルトルなら『自由の重み』と言うだろう」蓮が答えた。
「重み?」
「選択に理由がないなら、全責任は自分にある。言い訳できない」
サイモンが別の視点を示した。「でも、理由がない選択は、無責任とも言える」
「どうして?」
「合理的根拠がないから。正当化できない」
晴が混乱した。「自由だけど無責任?」
乃愛が頷いた。「パラドックスだね」
蓮が分析した。「理由には二種類ある。前もって存在する理由と、後から作る理由」
「後から?」
「選択した後、なぜそう選んだか説明する」
サイモンが例を挙げた。「『なんとなく』で選んだ後、『この道の方が静かそうだから』と理由づける」
「それって、嘘?」晴が聞く。
「後付けだが、嘘とは限らない」蓮が言った。「無意識の理由を意識化しているかもしれない」
「じゃあ、理由は常にある?」
サイモンが慎重に答えた。「少なくとも、後から見つけられる」
晴が立ち止まった。「でも、理由を言えない選択もあるよ。恋とか」
「まさに」蓮が認めた。「『なぜ好きか』に答えられない」
「それは罪?」
「いや」サイモンが微笑んだ。「むしろ、純粋な自由かもしれない」
乃愛が静かに言った。「理由がないことで、外部からの干渉を受けない」
晴が考え込んだ。「理由があると、他人に評価される?」
「そう。理由は公共的だ」蓮が説明した。「他人と共有できる」
「じゃあ、理由のない選択は、私だけのもの?」
「プライベートな自由」サイモンが頷いた。
晴が歩き出した。「じゃあ、理由がない選択は、守られるべき?」
蓮が慎重に答えた。「他人に害を与えない限り」
「リベラリズムの原則」サイモンが付け加えた。
「でも、完全に理由がない選択は危険じゃない?」晴が問う。
「なぜ?」
「予測不可能。信頼できない」
蓮が頷いた。「社会は、ある程度の合理性を期待する」
サイモンが例を示した。「裁判官が『なんとなく』で判決を下したら?」
「それはダメ」晴が即答した。
「じゃあ、理由は必要?」
「場合による」乃愛が言った。「公的領域では理由が必要。私的領域では自由」
晴が整理した。「自分だけに影響する選択は、理由なしでもOK?」
「そう。でも、完全に自分だけに影響する選択は少ない」
蓮が付け加えた。「人間は社会的存在だから」
晴が路地を見回した。「この選択は、誰かに影響する?」
「僕らの時間を使ってる」サイモンが笑った。
「ごめん」
「いや、いい経験だ」
蓮が静かに言った。「理由のない選択も、対話の種になる」
晴が微笑んだ。「じゃあ、無駄じゃない」
「無駄かどうかも、後から決まる」サイモンが言った。
三人は路地を抜けた。見知らぬ風景が広がる。
晴がつぶやいた。「理由がなかったから、ここに来れた」
「偶然が必然になる」蓮が答えた。
サイモンが微笑んだ。「理由のない選択は、罪でも自由でもなく、可能性だ」
晴が深呼吸した。「じゃあ、もっと選んでいい」
「ただし、責任を持って」蓮が言った。
「矛盾してない?」
「人生は矛盾だらけ」サイモンが笑った。
三人は笑いながら、歩き続けた。