「最近の僕、ランダムすぎる」
陸が自嘲気味に言った。
「どういう意味?」由紀が聞いた。
「朝起きる時間も、食べるものも、やることも、全部バラバラ」
葵が興味深そうに見た。「完全にランダム?」
「まあ、そんな感じ」
「それは問題かもしれないし、利点かもしれない」
「え?」
葵がホワイトボードに描いた。「完全な秩序 ←→ 完全なランダム」
「どちらも極端だ」
由紀がノートを取り始めた。「真ん中がいいってこと?」
「そう。でも、どの位置が最適かは、人によって違う」
ミラが静かに近づいて、図を描いた。正弦波とホワイトノイズ。
「完全な秩序は、予測可能だ」葵が説明した。「でも、退屈かもしれない」
「完全なランダムは、予測不可能だ。でも、ストレスが多い」
陸が考えた。「じゃあ、適度なランダム性が必要?」
「そう。情報理論的には、エントロピーが中程度の状態—つまり、秩序とカオスのバランスが取れた状態が、最も興味深い」
「なぜ?」由紀が聞いた。
「低エントロピーは、情報が少ない。高エントロピーは、パターンがない」
「中程度のエントロピーは、パターンと驚きの両方がある」
ミラが書いた。「Edge of chaos」
「カオスの縁」葵が翻訳した。「秩序とカオスの境界。最も複雑で豊かな現象が起きる領域だ」
「複雑系の概念ですね」由紀が思い出した。
「そう。生命も、カオスの縁にいると言われてる」
陸が自分の生活を振り返った。「じゃあ、僕のランダムな生活は、カオス側すぎる?」
「かもしれない。でも、見方を変えれば、パターンがあるかもしれない」
「パターン?」
葵が提案した。「陸の過去一週間の行動を記録してみよう」
三人は、陸の記憶を頼りにデータを集めた。
「起床時間、食事、勉強時間、就寝時間」
葵がデータを分析し始めた。「見て。完全にランダムじゃない」
「本当だ」由紀が気づいた。「金曜日はいつも遅く起きてる」
「テストの前日は、必ず夜更かししてる」陸が認めた。
「つまり、自分では『ランダム』と思ってるけど、実際にはパターンがある」
ミラが頷いて、式を書いた。
「Perceived randomness ≠ actual randomness」
「認識されたランダム性と、実際のランダム性は違う」葵が説明した。
「人間は、パターン認識が得意すぎて、ランダムな中にもパターンを見出す」
「逆に、パターンがあるのに、ランダムだと思うこともある」
由紀が例を出した。「コイン投げで、表が連続しても、それは普通にありえる」
「でも『何か変だ』と感じる」
「そう。人間の直感は、確率論的に正確じゃない」
陸が真剣になった。「じゃあ、僕の生活、どうすればいい?」
「まず、本当に気にする必要があるか考える」葵が言った。
「完全な規則性は、窮屈かもしれない。適度なランダム性は、柔軟性をもたらす」
「でも、重要なことには、パターンを持たせる」
「例えば?」
「睡眠時間は一定にする。勉強の時間帯を固定する。食事の質を保つ」
「それ以外は、ランダムでもいい」
由紀がまとめた。「つまり、コアの部分は秩序、周辺はランダム」
「完璧な理解だ」
ミラが微笑んで、最後の図を描いた。規則的な格子の上に、ランダムなノイズが重なる。
「構造とノイズの共存」葵が解説した。「これが、豊かな人生のモデルかもしれない」
「基本的な構造があって、その上でランダム性を楽しむ」
陸が納得した。「分かった。完全にランダムじゃなくて、選択的にランダムにする」
「良い方針だ」
由紀が思った。「ランダムすぎる日常も、よく見ればパターンがある」
「そして、そのパターンを調整できる」
「自分の人生のエントロピーをコントロールする」葵が言った。
「難しいけど、やりがいがある」
四人は笑った。ランダムすぎる日常の中で、意味を見出すこと。それは、情報理論が教えてくれる生き方の知恵だった。