「ランダムって、本当にランダムなのかな?」
陸がサイコロを転がしながら呟いた。図書室の隅、三人だけの静かな空間。
「哲学的な質問だね」由紀が本から顔を上げた。
ミラが無言でノートに何か書き、二人に見せた。「Pseudo-random vs True random」
「偽ランダムと真ランダム?」
陸がサイコロを見つめた。「これは真ランダム?」
「物理的には、初期条件が決まれば結果も決まる。でも初期条件が複雑すぎて予測できないから、実質的にランダムに見える」由紀が説明した。
「コンピュータは?」
ミラが再び書いた。「Deterministic algorithm. Looks random.」
「決定論的アルゴリズムだけど、ランダムに見える」由紀が訳す。
陸が首をひねった。「じゃあ、ランダムって結局、無知の産物?」
「ある意味そう。でも、それが重要なんだ」由紀がノートを開いた。「情報理論では、ランダム性は情報源として扱われる」
「情報源?」
「予測できないからこそ、情報がある。完全に予測可能なら、情報量はゼロだ」
ミラが頷き、新しい式を書いた。「H(X) = max when uniform distribution」
「均一分布のとき、エントロピーは最大」由紀が補足した。「つまり、完全にランダムなとき、不確実性が最も高い」
陸がサイコロを何度も振った。「でも、何回も振ってると、だいたい平均に近づくよね?」
「大数の法則」由紀が言った。「試行回数を増やすと、標本平均は期待値に収束する」
「ランダムなのに、長期的には予測可能?」
「そう。個々の結果はランダムでも、集団の振る舞いは安定する」
ミラがまた書いた。「Monte Carlo simulation」
「モンテカルロシミュレーション」由紀が目を輝かせた。「ランダムサンプリングを使って、複雑な問題を解く方法だ」
陸が興味を示した。「どうやって?」
「例えば、円周率を推定する。正方形の中にランダムに点を打つ。円の内側に入る割合から、πを計算できる」
「ランダムなのに、正確な答えが出る?」
「試行回数を増やせば、精度が上がる。ランダム性を利用して、決定論的な値を求めるんだ」
陸が感心した。「ランダムって、役に立つんだな」
ミラが微笑み、書いた。「Randomness is powerful tool」
由紀が続けた。「暗号にも使われる。予測不可能性が安全性を保証する」
「じゃあ、完全にランダムな乱数が必要?」
「理想的にはね。でも、暗号学的に安全な擬似乱数でも十分な場合が多い」
陸がサイコロを止めた。「ランダムと決定論って、矛盾してない?」
「表面的には矛盾してる。でも、情報理論では共存する」由紀が説明した。「ランダムプロセスを決定論的にモデル化できる」
ミラが長めの文を書いた。「Randomness creates uncertainty. Uncertainty creates information. Information creates meaning.」
「ランダム性が不確実性を生み、不確実性が情報を生み、情報が意味を生む」由紀が訳した。
陸が目を丸くした。「深いな、ミラ」
「彼女はいつも核心を突く」由紀が認めた。
ミラがノートを閉じかけたが、最後にもう一つ書いた。「Life is random. But patterns emerge.」
「人生はランダム。でもパターンが現れる」
陸が笑った。「だから、ランダムでも諦めなくていいのか」
「統計的に見れば、努力は報われる確率を上げる」由紀が言った。
「確率を上げる…それは決定論的な行動だね」
ミラが立ち上がり、静かに部屋を出て行った。いつものことだ。
陸がサイコロを見つめた。「ランダムなのに大事なもの、分かった気がする」
「ランダム性そのものが、世界を豊かにしてる」由紀が結論づけた。
サイコロは、今日も静かに転がり続ける。その一つ一つの目は予測できないが、全体としての振る舞いは美しく安定している。