「日和さん、いつも穏やかですよね」
レオが感心したように言った。
日和が微笑んだ。「そう見えるだけかもしれません」
空が首をかしげた。「どういうことですか?」
「感情を表に出さないようにしているから」日和が静かに認めた。
レオが興味を持った。「感情抑制?心理学的には、どう評価されるの?」
日和が考えた。「短期的には適応的ですが、長期的には問題を引き起こす可能性があります」
「具体的には?」空が聞く。
「ストレスの蓄積、身体症状、関係性の問題」日和が列挙した。「感情は消えるわけではなく、どこかに溜まっていく」
空が共感した。「私もそうです。嫌なことがあっても、我慢してしまう」
「なぜ我慢するの?」レオが率直に聞いた。
空が考えた。「和を乱したくないから。周りに迷惑をかけたくないから」
日和が頷いた。「私も同じです。他者への配慮が優先されて、自分の感情は後回し」
「でも、それは健康的じゃない」レオが指摘した。「ヨーロッパでは、感情を表現することが奨励される」
「文化的な違いもありますね」日和が認めた。「でも、どの文化でも、適度な感情表現は必要です」
空が聞いた。「やめたいんですけど、どうすればいいですか?この癖」
日和が説明し始めた。「まず、自分が感情を飲み込んでいる瞬間に気づくこと」
「気づくだけでいいんですか?」
「第一歩として」日和が答えた。「自己モニタリングと言います。自分の行動パターンを観察する」
レオが補足した。「認知行動療法の基本ですね。記録をつけるのも有効」
空がノートを開いた。「どんなことを記録すれば?」
「状況、感じた感情、どう反応したか」日和が提案した。「パターンが見えてきます」
レオが言った。「僕の国では、『アサーティブネス』を学校で教える。自分の気持ちを適切に伝える技術」
「アサーション」日和が頷いた。「攻撃的でも受動的でもなく、主張的であること」
空が興味を持った。「どうやって練習するんですか?」
日和が例を出した。「『私は〜と感じている』というI-メッセージを使う。『あなたが悪い』ではなく、自分の感情を伝える」
「でも、それで関係が壊れたら?」空が不安そうに言う。
「むしろ逆です」日和が説明した。「感情を飲み込み続けると、いつか爆発するか、関係自体が形骸化する」
レオが同意した。「本当の関係は、正直さの上に成り立つ」
空が小さく言った。「怖いんです。拒絶されるのが」
日和が優しく応えた。「その恐怖は理解できます。でも、考えてみてください。自分を偽って維持する関係に、本当の価値はあるでしょうか?」
空が黙り込んだ。
レオが実践的な提案をした。「小さく始めればいい。些細な意見から表明してみる」
「例えば?」
「『今日はカフェに行きたい』とか『この映画は好みじゃなかった』とか」
日和が付け加えた。「低リスクな場面で練習して、徐々に重要な場面でも使えるようになる」
空が考えた。「感情を表現することは、わがままじゃないんですね」
「全く違います」日和が断言した。「人間の基本的な権利です」
レオが言った。「僕も最初は日本で戸惑った。みんな本音を言わないから。でも、それぞれの文化のやり方がある」
「バランスですね」日和が言った。「無遠慮に全てを表現するのではなく、適切なタイミングと方法で」
空がノートに書いた。「感情を飲み込む癖をやめる:自己観察、I-メッセージ、小さな練習」
「良いまとめ」日和が認めた。
レオが笑った。「空、少しずつ変わっていくよ」
空が恥ずかしそうに言った。「実は今、言いたいことがあるんです」
「何?」二人が聞く。
「この部室、もう少し明るくしませんか?暗すぎて...」
日和とレオが顔を見合わせて笑った。
「完璧な第一歩だ」レオが言った。
日和が立ち上がった。「すぐカーテンを開けましょう」
光が部室に差し込んだ。空の表情も、少し明るくなった気がした。小さな一歩だけれど、確実な変化の始まり。