「相互情報量って、何を測ってるんですか?」
由紀が葵に尋ねた。部室の窓から夕日が差し込んでいる。
「二つの変数が、どれだけ関係しているか」葵がノートを開いた。「片方を知ることで、もう片方の不確実性がどれだけ減るか」
ミラが静かに口を開いた。「共有している情報の量」
「例えば」葵が説明を続ける。「天気と傘の持参。雨だと知れば、傘を持つ確率が高まる」
「つまり、天気の情報が、傘の不確実性を減らすんですね」
「正確に。それが相互情報量だ。I(X;Y)で表す」
由紀が考えた。「じゃあ、人間関係でも測れますか?」
「面白い視点だ」葵が微笑んだ。「相手の考えを予測できるほど、相互情報量は高い」
ミラが補足した。「長い友人同士は、相互情報量が蓄積される」
「一緒に過ごした時間が、情報を共有させるから」
由紀がふと寂しそうに言った。「じゃあ、初対面の人とは、相互情報量はゼロ?」
「理論的にはね。でも、会話を重ねれば増えていく」
「どうやって増やすんですか?」
葵が整理した。「質問すること。相手の反応を観察すること。共通の経験をすること」
「質問は、相手の状態を知る手段」ミラが言った。
「反応は、確率分布を更新する」
由紀がノートに書いた。「じゃあ、『好きな食べ物は?』って聞くのも、相互情報量を増やす行為?」
「そう。答えから、相手の嗜好分布が分かる」
「でも」由紀が考え込んだ。「答えが予想通りだったら、情報量は少ない?」
「鋭い指摘だ。予測可能な答えは、驚きが少ない。情報も少ない」
ミラが静かに言った。「だから、予想外の答えが関係を深める」
「驚きが、新しい情報をもたらす」
葵が続けた。「相互情報量は対称的だ。I(X;Y) = I(Y;X)。私があなたを知る情報量は、あなたが私を知る情報量と等しい」
「公平なんですね」
「情報理論は公平だ。でも、人間の感じ方は非対称かもしれない」
由紀がふと尋ねた。「葵先輩とは、どれくらい相互情報量がありますか?」
葵が笑った。「測定は難しいけど、君の質問を予測できることが増えてきた」
「それは、相互情報量が高まってる証拠?」
「そうだね。共通の文脈を持ち始めている」
ミラが二人を見て言った。「相互情報量が高い関係は、安定する」
「なぜですか?」
「予測可能性が高まるから。驚きが減る」
葵が補足した。「でも、驚きゼロは退屈かもしれない。適度な新規情報が必要だ」
「バランスですね」由紀が理解した。
「そう。既知と未知のバランス。それが健全な関係だ」
ミラが珍しく長く話した。「相互情報量を測りたいと思うのは、相手を理解したいから。それ自体が、関係を大切にしている証拠」
由紀が頷いた。「情報理論で測れないものもあるけど、考える枠組みとしては面白い」
「数学は、感情を直接捉えられない。でも、構造を理解する助けにはなる」
「葵先輩、ありがとうございます」
「いつでも質問して。相互情報量を増やそう」
三人は笑った。夕日が部室を優しく照らしていた。関係とは、情報を共有し続けるプロセスなのかもしれない。