「また気分が落ちた」
海斗が頭を抱えていた。
レオが聞いた。「いつから?」
「さっきまで元気だったのに。急に」
空が観察した。「最近、気分の変動が激しいですね」
「自分でもコントロールできない」海斗が苦しそうに言った。
レオがノートに図を描いた。「感情の波だな」
「波?」
「上がったり、下がったりする」空が説明した。「それ自体は自然なことです」
「でも、振り幅が大きすぎる」
レオが頷いた。「感情調整の問題かもしれない」
「感情調整?」
空が説明し始めた。「感情を適切に管理する能力のことです」
「管理できてない?」
「抑圧するのではなく、適切に扱うこと」レオが訂正した。「弁証法的行動療法では、重要なスキルとされる」
海斗が聞いた。「どうやって?」
空がリストを示した。「いくつかのステップがあります」
「まず、感情に気づく。『今、イライラしている』と認識する」
「それから?」
「感情に名前をつける」レオが続けた。「怒り、悲しみ、不安。具体的に」
海斗が試した。「今は...焦りと無力感」
「良い」空が認めた。「次に、その感情を判断せずに観察する」
「判断しない?」
「『こんな感情を持つべきじゃない』と批判しない」レオが説明した。「ただ、あることを認める」
海斗が考えた。「難しい。いつも『弱い』って思ってしまう」
「それが問題だ」空が指摘した。「感情を敵と見なしている」
「違うの?」
「感情は情報です」レオが答えた。「体からのシグナル。何かが間違っているか、必要なものがある」
空が続けた。「不安は危険を知らせる。悲しみは喪失を処理する。怒りは境界の侵害を示す」
「役割がある」
「そう。だから、消す必要はない」
海斗が驚いた。「消さなくていい?」
「コントロールすることと、消すことは違う」空が区別した。
レオが例を挙げた。「車の速度をコントロールする。でも、車を消すわけじゃない」
「感情も同じ」
海斗が聞いた。「じゃあ、どうコントロールする?」
空が説明した。「マインドフルネスという技法があります」
「マインドフルネス?」
「今この瞬間に、判断せずに注意を向ける」
レオが実践を促した。「やってみよう。目を閉じて、呼吸に注目する」
海斗が目を閉じた。
「息を吸う。吐く。ただそれを観察する」
しばらく沈黙が続いた。
「どう?」空が聞いた。
「少し、落ち着いた」海斗が答えた。
「それがマインドフルネスの効果」レオが説明した。「思考から距離を取ることで、感情に飲み込まれなくなる」
空が続けた。「ACT、受容とコミットメント療法では、これを認知的脱フュージョンと呼びます」
「難しい言葉」海斗が笑った。
「要するに、思考と自分を切り離すこと」空が簡単に説明した。
レオが付け加えた。「『私は不安だ』ではなく、『私は不安を感じている』と認識する」
「微妙な違い」
「でも、大きな影響」空が強調した。「前者は、不安があなた自身。後者は、不安は一時的な状態」
海斗が理解した。「感情は、来て去っていくもの」
「正解」
レオが次のステップを説明した。「そして、感情があっても行動を選べる」
「感情に従わなくていい?」
「感情と行動は、別物だ」空が答えた。「怒りを感じても、叫ばなくていい。悲しくても、引きこもらなくていい」
「選択できる」
「その通り」レオが認めた。「心理的柔軟性と言う。状況に応じて、適切な行動を選ぶ能力」
海斗が聞いた。「どう選ぶ?」
空が質問した。「あなたの価値観は何ですか?」
「価値観?」
「大切にしたいこと。友情、成長、誠実さなど」
海斗が考えた。「仲間を大切にしたい」
「良い」レオが言った。「その価値観に沿った行動を選ぶ」
「イライラしても、仲間を傷つけない」
「そう。感情があっても、価値観に基づいて行動する」
空が付け加えた。「これを、価値に基づく行動と呼びます」
海斗が深呼吸した。「感情をコントロールするんじゃなくて、行動をコントロールする」
「まさに」
レオが警告した。「最初は難しい。感情に流されそうになる」
「どうする?」
「練習」空が答えた。「日記をつける。感情と行動を記録し、パターンを見つける」
海斗がノートを取り出した。「今日から始める」
「素晴らしい」
空が最後に言った。「不安定な気持ちは、なくならないかもしれません」
「でも、付き合い方は学べる」レオが続けた。
海斗が頷いた。「波に飲まれるんじゃなくて、波に乗る」
「良い比喩だ」空が微笑んだ。
レオが付け加えた。「サーファーは波を止めない。でも、上手に乗る」
「俺も、感情のサーファーになる」
三人が笑った。
海斗が立ち上がった。「ありがとう。少し希望が見えた」
「一歩ずつ」空が励ました。
「完璧じゃなくていい」レオが言った。「進歩があればいい」
海斗が出て行った後、空がレオを見た。
「感情調整は、一生の課題ですね」
「そうだ」レオが同意した。「でも、学べるスキルでもある」
「それが希望」
二人は窓の外を見た。不安定な気持ちとの付き合い方を学ぶことは、生きることそのもの。それを教えることが、自分たちの使命だと、二人は理解していた。