「納得できない」
晴が怒りを抑えながら言った。
「何が?」サイモンが聞く。
「グループ発表。私が全部やったのに、評価は全員同じ」
蓮が冷静に言った。「理不尽だ」
「でしょ?なのに先生は『協力が大事』って」
サイモンが深く頷いた。「典型的な理不尽だ。努力と結果が一致しない」
「どうすればいいの?怒りが収まらない」
蓮が分析を始めた。「まず、怒りは正当だ。不正義への自然な反応」
「でも、どうにもならない」晴が嘆く。
「変えられることと、変えられないことを区別しよう」サイモンが提案した。
「ストア哲学?」
「そう。エピクテトスの教え。制御できないことに執着しない」
晴が反論した。「でも、諦めたくない」
「諦めと受容は違う」蓮が指摘した。
「どう違うの?」
「諦めは、無力感。受容は、現実の認識」
サイモンが補足した。「受容した上で、次の行動を選ぶ」
「次の行動?」
「評価を変えられないなら、次に同じ状況を避ける方法を考える」
晴が考えた。「次からは、分担を明確にする?」
「それが建設的な反応だ」蓮が認めた。
「でも、やっぱり腹が立つ」
「感情を否定する必要はない」サイモンが優しく言った。「怒りを感じていい」
「でも、ずっと怒ってるのも辛い」
「だから、怒りを昇華する」
「昇華?」
蓮が説明した。「感情を、別のエネルギーに変える。創造、学び、行動」
晴が興味を持った。「具体的には?」
「この経験を、レポートにする。理不尽の構造を分析する」
サイモンが付け加えた。「怒りは、洞察の源になる」
「でも、そんなに冷静になれない」
「すぐには無理だ」蓮が認めた。「時間が必要」
サイモンが別の視点を提供した。「理不尽は、人生の一部だ」
「慣れろってこと?」晴が反発した。
「いや、理解しろということ」
「理解?」
「世界は公平にできていない。その前提で、どう生きるか」
晴が考え込んだ。「でも、不公平を放置していいの?」
「そこが難しい」蓮が真剣に言った。「戦うべき理不尽と、受け入れるべき理不尽」
「どう区別するの?」
「影響範囲と、変革可能性」
サイモンが例を出した。「システム全体の不正義なら、戦う価値がある。でも、個人の偶然的な不運なら、受容する」
「今回は?」
「境界線上だ」蓮が答えた。「個人的な不公平だが、システムの問題でもある」
晴が混乱した。「じゃあ、どうすれば?」
「両方やる」サイモンが提案した。「感情的には受容し、構造的には変革を求める」
「難しい」
「そうだ。でも、大人の対応とは、そういうものだ」
晴が深呼吸した。「理不尽を受け止めるって、諦めることじゃないんだね」
「むしろ、戦略的に対応すること」蓮が言った。
サイモンが付け加えた。「カミュは『反抗する人間』で語った。理不尽に対して、人は反抗すべきだと」
「反抗?」
「でも、賢く反抗する。感情的にならず、効果的に」
晴が聞いた。「じゃあ、今回はどう反抗すればいい?」
蓮が考えた。「フィードバックを求める。なぜ個人評価がないのか、理由を聞く」
「それで変わる?」
「変わらないかもしれない。でも、問題を可視化する」
サイモンが頷いた。「沈黙は、システムを温存する。声を上げることが、小さな反抗だ」
晴が少し楽になった。「怒りを、建設的に使う?」
「そう」蓮が微笑んだ。「破壊じゃなく、創造に」
「でも、すぐには無理かも」
「それでいい」サイモンが認めた。「段階的に処理する」
晴が窓の外を見た。「理不尽は、なくならない?」
「完全にはなくならない」蓮が答えた。「不確実性と偶然が、世界の一部だから」
「じゃあ、常に戦い続ける?」
「戦うべきものと、手放すべきもの。智慧が必要だ」
サイモンが静かに言った。「ニーバーの祈り。『変えられるものを変える勇気、変えられないものを受け入れる平静、そして両者を区別する智慧を』」
晴が深く頷いた。「智慧か。難しい」
「一生をかけて学ぶものだ」蓮が言った。
「でも、今日は一歩進んだ気がする」
「それでいい」サイモンが微笑んだ。「理不尽との付き合い方は、人生の技術だ」
晴が立ち上がった。「先生に、フィードバック求めてくる」
「冷静に」蓮が助言した。
「分かってる」晴が笑った。「怒りは、エネルギーに変える」
二人は晴を見送った。
「彼女、成長してる」サイモンが言った。
「理不尽は、時に教師になる」蓮が答えた。
理不尽との向き合い方。それもまた、哲学だ。