「完璧に合理的な人間なんて、いるのかな」
蓮が珍しく弱気に言った。
乃愛が驚いた。「蓮先輩、いつもロジカルじゃないですか」
「だからこそ、限界を感じる」
春が興味を示した。「どんな限界?」
「感情が邪魔をする」蓮が認めた。「理屈では分かっていても、感情的に反応してしまう」
乃愛が優しく言った。「それが人間らしさでは?」
「でも、合理性を追求するなら、感情は障害になる」
春が反論した。「本当に?感情って、そんなに邪魔なの?」
蓮が考えた。「経済学では、人間は合理的に行動すると仮定される」
「でも、実際の人間は非合理的だ」
乃愛が補足した。「行動経済学が、そこを研究してますよね」
「そう。カーネマンとトヴェルスキーが示したように、人間には認知バイアスがある」
春が聞いた。「認知バイアスって?」
「判断の歪み。例えば、確証バイアス。自分の信念を支持する情報だけを集める傾向」
「あるある」春が笑った。
蓮が続ける。「他にも、損失回避。得るよりも失うことを恐れる」
「サンクコストの誤謬。すでに投資したものを取り戻そうとして、さらに投資する」
乃愛が考え込んだ。「でも、これらのバイアスには理由がありますよね」
「進化心理学的にはね」蓮が認めた。「過去の環境では、適応的だった」
「素早い判断が生存に有利だった。完璧な論理より、直感が役立った」
春が理解した。「じゃあ、感情は完全に悪いわけじゃない」
「そう。問題は、現代社会では古い直感が機能しないことがあること」
乃愛が別の視点を出した。「でも、感情がないと判断できないこともあります」
「どういうこと?」
「ダマシオという神経学者の研究です。感情を失った患者は、簡単な決定すらできなくなった」
蓮が驚いた。「感情が判断に必要?」
「価値判断には感情が不可欠です。何が大切か、何が望ましいか」
「論理だけでは、目的を定められない」
春が手を叩いた。「じゃあ、合理性と感情は対立しないんだ」
「協力関係かもしれない」蓮が考え直した。
乃愛が続けた。「感情が目的を設定し、理性が手段を見つける」
「両方が必要」
蓮が深く頷いた。「サイモンの『限定合理性』という概念がある」
「限定合理性?」
「人間の合理性には限界がある。情報処理能力、時間、認知資源」
「だから、完璧に合理的になることは不可能」
春が安心した表情を見せた。「じゃあ、完璧じゃなくていいんだ」
「むしろ、完璧を目指さないことが合理的かもしれない」
乃愛が微笑んだ。「効率的な不完全さ」
蓮が整理した。「人間の合理性は、文脈に依存する」
「数学の証明では厳密な論理が必要。でも、友人との会話では感情が大切」
「状況に応じて、使い分ける」
春が聞いた。「じゃあ、どこまで合理的になれるの?」
「自分の限界を認識する程度まで」蓮が答えた。
「メタ認知だ。自分の思考プロセスを客観視する」
乃愛が付け加えた。「そして、バイアスを意識しながら判断する」
「完璧には無理でも、改善はできる」
蓮が珍しく笑った。「感情を抑圧するんじゃなくて、感情を理解する」
「感情の声を聞きつつ、理性で調整する」
春が締めくくった。「人間は完璧に合理的にはなれない。でも、賢明にはなれる」
「賢明さは、合理性と感情の調和」
三人は静かに頷いた。人間の合理性は、限界を持つからこそ人間的だ。