「偽薬でも、信じれば効くって本当?」
晴がプラシーボ効果の記事を見せた。
「本当だよ」乃愛が答えた。「思い込みが、身体に影響を与える」
「でも、現実は変わってないよね?」
蓮が議論に加わった。「いや、脳内物質は実際に変化する。現実が変わってる」
晴が驚いた。「思い込みで現実が変わる?」
「厳密には、認識が生理的プロセスに影響する」蓮が説明した。
乃愛が別の例を出した。「自己成就予言も似てる。失敗すると思うと、実際に失敗する」
「それも現実を作ってる?」
「ある意味で。行動が無意識に変わるから」
蓮が整理した。「認識→行動→結果。このループで、思い込みが現実化する」
「じゃあ、ポジティブに考えれば全部うまくいく?」晴が聞いた。
「そんな単純じゃない」乃愛が笑った。「思い込みの力には限界がある」
「限界?」
「空を飛べると思い込んでも、飛べない。物理法則は変わらない」
蓮が補足した。「思い込みが影響するのは、心理的・社会的領域が主だ」
「でも、その領域は広い」乃愛が言った。「人間関係、健康、学習。全部影響を受ける」
晴が考えた。「社会全体の思い込みは?」
「さらに強力」蓮が認めた。「お金の価値も、社会的な信念で成り立ってる」
「お金は紙切れなのに、みんなが価値を信じるから価値がある」
「集合的な思い込みが、制度を作る」乃愛が続けた。「国家、法律、道徳。全て共有された信念」
晴がノートに書いた。「じゃあ、現実は思い込みでできてる?」
「極論だ」蓮が反論した。「客観的現実と、社会的構成物は区別すべき」
「区別は?」
「山は人間がいなくても存在する。でも、『富士山』という意味は、人間の合意で成り立つ」
乃愛が哲学的に深めた。「でも、カントは言った。現実をそのまま知ることはできないと」
「どういうこと?」晴が興味を示した。
「私たちは、感覚と思考のフィルターを通して世界を見る。純粋な現実は、永遠に手が届かない」
蓮が付け加えた。「だから、ある程度は構成されてる。でも、勝手には変えられない」
「制約がある?」
「そう。物理法則、生理的限界。これらは思い込みでは変わらない」
晴が聞いた。「じゃあ、思い込みはどこまで現実を作るの?」
乃愛が静かに答えた。「意味の領域では、ほぼ全て。物質の領域では、限定的」
「意味の領域?」
「これが美しい、あれが正しい、私は幸せ。全て解釈だから、思い込みで変わる」
蓮が例を出した。「同じ雨でも、農家と旅行者では意味が違う」
「でも、雨が降ってる事実は変わらない」晴が理解した。
「そう。事実と意味を分けて考えることが大事」
乃愛が微笑んだ。「でも、人間にとって意味の方が重要だったりする」
「なぜ?」
「同じ出来事でも、意味づけ次第で幸か不幸かが決まる」
晴が深く考え込んだ。「じゃあ、幸せも思い込み?」
「ある程度は」乃愛が認めた。「でも、だから無意味じゃない。むしろ、変えられるということ」
蓮が付け加えた。「思い込みの力を知ることが、自由への第一歩だ」
「なぜ?」
「無意識の思い込みに支配されるか、意識的に選ぶか。それが違う」
晴が窓の外を見た。「現実は、思い込みと事実の混合物なんだね」
「良い表現だ」乃愛が頷いた。
三人は静かに考え込んだ。思い込みは現実の一部を作る。その力を知ることが、賢明さの始まりだった。