「みんな平等って、本当に可能なのかな」
晴がつぶやいた。図書室で資料を読んでいる。
「何の平等?」サイモンが聞いた。
「全部。機会、結果、能力...」
蓮が割り込んだ。「それぞれ違う概念だ」
「違うの?」
「機会の平等は、スタート地点を揃えること。結果の平等は、ゴールを揃えること」
サイモンが補足した。「そして、この二つは両立しない」
晴が驚いた。「なぜ?」
「能力が違うから」蓮が説明した。「同じ機会を与えても、結果は異なる」
「じゃあ、結果を揃えるには?」
「能力の高い人を制限するか、低い人を補助する」
晴が考えた。「それって公平?」
「公平と平等も違う」サイモンが言った。「アリストテレスは『配分的正義』を説いた」
「配分?」
「それぞれの価値に応じて分配する。完全に同じではなく、比例的に」
「能力に応じて?」
「あるいは、必要に応じて。マルクスは『能力に応じて働き、必要に応じて受け取る』と言った」
蓮が反論した。「でも、誰が必要を決めるのか」
「難しい問題だ」サイモンが認めた。「主観的な判断になる」
晴がノートに書いた。「機会の平等、結果の平等、配分的正義...複雑」
「ロールズの『正義論』を見よう」蓮が提案した。
「どんな理論?」
「無知のヴェール。自分の立場を知らない状態で、社会のルールを決める」
晴が興味を持った。「知らない?」
「金持ちか貧乏か、健康か病気か。何も知らない」
「その状態で決めると?」
「みんな公平なルールを選ぶはずだ」サイモンが説明した。「自分が最悪の立場になるかもしれないから」
「賢い」晴が感心した。
「ロールズは二つの原理を導いた」蓮が続ける。「第一原理:基本的自由の平等」
「基本的自由?」
「言論、思想、移動の自由。これは完全に平等であるべきだ」
「第二原理は?」
「不平等は、最も不利な人を利益する場合のみ許される」
晴が理解し始めた。「全員同じじゃなくていい。でも、弱者が得するなら」
「そう。例えば、医者が多く稼ぐのは、医療サービスが社会全体を利益するから」
サイモンが別の視点を出した。「でも、ノージックは反論した」
「どんな?」
「国家が富を再分配する権利はない。個人の所有権が優先する」
晴が混乱した。「じゃあ、貧しい人は?」
「自己責任だとする立場だ」蓮が説明した。「リバタリアニズム」
「冷たくない?」
「効率を重視する。平等を追求すると、努力の意欲が失われる」
サイモンが補足する。「共産主義の失敗を見よ、と」
晴が考えた。「でも、生まれた環境は選べないよね」
「鋭い」蓮が頷いた。「それが『運の平等主義』の主張だ」
「運?」
「能力の差は、多くが遺伝や環境で決まる。本人の責任じゃない」
「じゃあ、補償すべき?」
「ドゥオーキンはそう言った。でも、どこまで補償するかは難しい」
サイモンが別の例を出した。「背の高さは不平等だ。でも、補償する?」
「...しない」晴が答えた。
「なぜ?」
「重要じゃないから?」
「そう。平等が重要な領域と、そうでない領域がある」
蓮が整理した。「ウォルツァーは『領域の正義』を提唱した」
「領域?」
「健康、教育、富、権力。それぞれ異なる原理で分配すべきだ」
晴が理解した。「健康は必要に応じて、教育は能力に応じて?」
「あるいは、健康も教育も、全員に平等に基本部分を保障する」
サイモンが現実的な視点を出した。「完全な平等は、おそらく不可能だ」
「なぜ?」
「人間の多様性。努力の差。運の要素」
「じゃあ、目指すべきは?」
蓮が答えた。「最低限の平等。セーフティネット」
「誰も極端な貧困に陥らない?」
「そう。センの『ケイパビリティ・アプローチ』だ」
「ケイパビリティ?」
「能力を開花させる機会。それを平等に」
晴が深呼吸した。「平等って、簡単な言葉だけど、深い」
「目標ではなく、プロセスかもしれない」サイモンが言った。
「プロセス?」
「完璧な平等に到達することより、常に公正さを問い続けること」
蓮が頷いた。「不平等を見つけたら、是正する。その繰り返し」
晴が微笑んだ。「終わりのない旅」
「でも、意味のある旅だ」
三人は窓の外を見た。不平等な世界。でも、少しずつ変えていける。
完璧な平等はないかもしれない。
でも、より公正な社会は、作れるかもしれない。
それを信じて、考え続ける。