「最適化って、何でもできるんですか?」
由紀が聞いた。
葵が考えた。「理論的には、多くのことができる。でも、現実は複雑だ」
「どう複雑なんですか?」
「目的関数を定義できないことがある」
陸が割り込んだ。「目的関数?」
「最大化または最小化したい値。利益とか、時間とか」
教授Sが部室に入ってきた。「最適化の話かい?」
「はい。でも、難しくて」
教授が座った。「最適化の第一歩は、目的を明確にすることだ」
「何を最適化したいのか。それが決まらないと、始まらない」
由紀が質問した。「例えば、幸せを最適化できますか?」
「難しい」教授が答えた。「幸せを数値化できるか?」
「できない...と思います」
「だから、最適化できない」
葵が補足した。「効用関数という考え方はある。経済学で使われる」
「幸福度を数値に変換する試み」
「でも、個人差が大きい」
陸が例を出した。「俺にとっての幸せと、由紀の幸せは違う」
「そう。主観的な価値観は、一般化しにくい」
教授が続けた。「さらに、制約条件がある」
「時間、予算、物理法則」
「無限にリソースがあれば、最適化は簡単だ。でも、現実は制約まみれ」
由紀がノートに書いた。「制約付き最適化問題?」
「正解。ラグランジュ未定乗数法とか、使う」
葵が説明した。「f(x)を最大化したい。でも、g(x) ≤ cという制約がある」
「制約を守りながら、目的を達成する」
陸が考えた。「トレードオフってやつ?」
「そう。何かを得るには、何かを犠牲にする」
教授が例を出した。「通信で言えば、速度と信頼性」
「速く送りたいけど、誤りも減らしたい」
「両方を完璧にはできない」
由紀が質問した。「じゃあ、どうするんですか?」
「バランスを取る。パレート最適という概念がある」
「他を悪化させずに、改善できない状態」
葵が図を描いた。二次元のグラフに、曲線が描かれている。
「パレートフロンティア。この線上が、最適なトレードオフ」
「どこを選ぶかは、価値観次第」
陸がふと言った。「でも、人間の気持ちって、そういう計算で決まらないよな」
「鋭い指摘だ」教授が認めた。
「感情は、論理的じゃない」
葵が続けた。「行動経済学では、人間は合理的じゃないとされる」
「バイアスがある。ヒューリスティックで判断する」
「最適解を選ばないことも多い」
由紀が考えた。「それって、悪いことですか?」
「必ずしもそうじゃない」教授が答えた。
「直感は、長い進化の産物だ」
「完璧じゃないけど、速くて実用的」
「最適化アルゴリズムより、柔軟なこともある」
葵が補足した。「機械学習の最適化も、局所最適に陥ることがある」
「大域最適を見つけるのは、NP困難な問題が多い」
「だから、近似解で妥協する」
陸が笑った。「機械も完璧じゃないんだ」
「完璧さは、理想だ。でも、現実は近似の積み重ね」
由紀がふと聞いた。「じゃあ、最適化できない気持ちって、何ですか?」
葵が考えた。「例えば、愛情」
「誰を好きになるか、最適化で決められない」
「条件だけなら計算できる。でも、心は従わない」
教授が頷いた。「友情もそうだ」
「効率だけで友達を選ぶ人はいない」
「損得を超えた繋がりがある」
陸が真面目に言った。「だから、人間らしいんだよな」
「最適化できないことが、価値になる」
葵が微笑んだ。「矛盾してるけど、美しい」
由紀がまとめた。「最適化は強力な道具」
「でも、全てに適用できるわけじゃない」
「適用できないものにこそ、人間の本質がある」
教授が立ち上がった。「良い議論だった」
「最適化の限界を知ることが、知恵だ」
「道具に使われるな。道具を使え」
三人が頷いた。
「ありがとうございました」
教授が去った後、陸が言った。「最適化できない気持ち、大事にしよう」
「うん」由紀が頷いた。
葵が窓の外を見た。「効率だけじゃない。それが、人生だ」
最適化できない気持ち。それは、数式の外にある宝物だ。