「また頼まれごと、断れなかった」
日和が疲れた声で言った。いつもの笑顔がない。
空が心配そうに見た。「無理しすぎてませんか?」
「大丈夫」日和が微笑もうとした。でも、笑顔がぎこちない。
海斗が直球で聞いた。「全然大丈夫じゃなさそうだけど」
日和が黙り込んだ。しばらくして、小さな声で言った。「疲れました」
「何に?」空が優しく聞く。
「期待されることに」
空と海斗が顔を見合わせた。いつも献身的な日和が、こんなことを言うなんて。
「日和さんは、みんなから頼られてますよね」空が言った。
「それが...重いんです」日和が正直に答えた。「いつも『日和さんなら』って言われる」
「それって、信頼されてるってことじゃない?」海斗が聞く。
「そうかもしれません」日和が頷いた。「でも、信頼に応えなきゃというプレッシャーが」
空がノートを開いた。「社会的役割の過負荷、かもしれません」
「役割?」
「日和さんは『聞き役』『支える人』という役割を担っている」空が説明した。「みんなが無意識にそう期待する」
日和が静かに聞いている。
「でも、役割は固定じゃない」海斗が言った。「変えられるんじゃない?」
「理屈ではそうです」日和が答えた。「でも、期待を裏切るのが怖い」
「なぜ?」空が聞く。
「嫌われるかもしれない。必要とされなくなるかもしれない」
海斗が驚いた。「日和さんでも、そんなこと考えるの?」
「誰でも考えます」日和が小さく笑った。「完璧な人間なんていません」
空が質問した。「日和さんは、本当は何がしたいんですか?」
日和が考え込んだ。長い沈黙の後、答えた。「分からないんです。他人の期待に応えることばかり考えてきたから」
「自分の希望を見失った?」
「そうかもしれません」
海斗がストレートに言った。「それ、やばくない?」
空が補足した。「バーンアウトの前兆かもしれません」
「バーンアウト?」日和が聞く。
「燃え尽き症候群」空が説明した。「過度なストレスで、感情が麻痺する状態」
日和が自分を振り返った。「最近、何をしても楽しくない。達成感もない」
「それは危険信号です」空が真剣な顔をした。
海斗が提案した。「少し、断る練習してみたら?」
「断る?」日和が不安そうに聞く。
「全部じゃなくていい」空が言った。「小さなことから。本当に無理な時だけ」
「でも、断ったら...」
「何も起きないよ」海斗が断言した。「俺、しょっちゅう断ってるけど、みんなまだ話してくれる」
空が笑った。「確かに」
日和が考えた。「でも、私が断ったら、失望されるかも」
「それは日和さんの思い込みかもしれません」空が指摘した。「認知の歪み、という可能性」
「思い込み?」
「はい。『期待に応えないと嫌われる』という信念。でも、それは本当でしょうか?」
日和が黙って考えた。
海斗が言った。「日和さんが断っても、俺は日和さんのこと変わらず好きだけど」
「私もです」空が頷いた。「むしろ、無理してる日和さんを見る方が辛い」
日和の目に涙が浮かんだ。「本当に?」
「本当だよ」海斗が言った。「完璧じゃなくていい」
空が優しく言った。「日和さんは『してくれること』で価値があるんじゃない。『いること』自体に価値があるんです」
日和が静かに泣いた。
しばらくして、日和が顔を上げた。「ありがとう。今まで、誰も言ってくれなかった」
「言わなくても分かってるって思ってたかも」海斗が反省した。
空がノートに書いた。「自己価値は、行動ではなく存在に基づく」
日和がそれを見た。「難しいけど、覚えておきます」
「少しずつでいい」空が励ました。「今度、小さなお願いを断ってみてください」
「やってみます」日和が決意した。
海斗が笑った。「で、断り方を練習する?」
「え?」
「ロールプレイ。俺が無理な頼み事して、日和さんが断る」
日和が笑った。本当の笑顔だった。「それ、いいかも」
三人は練習を始めた。最初はぎこちなかったけど、徐々に慣れていく。
「いや、今日はちょっと忙しくて」日和が言った。
「おお、いい感じ」海斗が拍手した。
空が微笑んだ。「罪悪感なく断れてますね」
日和が安堵の表情をした。「意外と、言えるかも」
窓の外で夕日が沈んでいく。期待されることは嬉しい。でも、それが全てじゃない。自分の限界を知り、伝えること。それも大切な成長だ。
「今日、一歩進めました」日和が言った。
「これからも、無理せずに」空が答えた。
海斗が頷いた。「日和は日和のままでいい」
日和が深呼吸した。期待に応えることも大事。でも、自分を守ることも大事。そのバランスを見つける旅が始まった。