「考えすぎると、不幸になる」
サイモンの言葉に、晴が驚いた。
「なんで?」
「無知は幸福だ、という諺がある」
乃愛が微笑んだ。「『無知は至福』。英語のことわざだね」
「じゃあ、考えない方がいい?」晴が混乱した。
サイモンが首を振った。「それも極端だ。でも、考えることが常に良いとは限らない」
「例えば?」
「死について考える。不安が増す」
乃愛が別の視点を示した。「でも、考えないことで、準備不足になる」
「じゃあ、どっち?」晴が聞く。
「バランス」サイモンが答えた。
晴が考え込んだ。「哲学って、考えることでしょ?幸福とは逆?」
乃愛が反論した。「ソクラテスは『吟味されない人生は生きるに値しない』と言った」
「でも、ソクラテスは処刑された」サイモンが指摘した。
「不幸?」
「少なくとも、平穏ではなかった」
晴が聞いた。「じゃあ、哲学は不幸を招く?」
乃愛が慎重に答えた。「幸福の定義による」
「どういうこと?」
「快楽としての幸福か、意味としての幸福か」
サイモンが補足した。「快楽なら、考えない方が楽。意味なら、考える必要がある」
晴が整理した。「考えないと、楽しいけど空虚?」
「そういう人もいる」乃愛が言った。「でも、すべての人がそうではない」
「じゃあ、人それぞれ?」
「そう。でも、傾向はある」
サイモンが例を挙げた。「知能の高い人は、うつ病になりやすい」
「考えすぎるから?」
「複雑に考えるから、悩みも複雑」
乃愛が別の例を示した。「でも、哲学的思考は、レジリエンスも高める」
「レジリエンス?」
「困難からの回復力。意味を見出せるから」
晴が考え込んだ。「じゃあ、考えることは両刃の剣?」
「まさに」サイモンが頷いた。
乃愛が静かに言った。「でも、選べるなら、私は考える方を選ぶ」
「なぜ?」
「無知の幸福は、脆い。真実に直面したとき、崩れる」
サイモンが認めた。「確かに。考える幸福は、より持続的かもしれない」
晴が聞いた。「じゃあ、考えることは、長期的には幸福?」
「とは限らない」乃愛が慎重に答えた。「でも、真正な幸福に近い」
「真正?」
「自己欺瞞のない幸福」
サイモンが挑戦した。「でも、真実は時に残酷だ」
「それでも知りたい?」晴が聞く。
乃愛が頷いた。「知らないことの不安より、知ることの痛みを選ぶ」
晴が考え込んだ。「でも、みんながそうじゃない」
「そう。だから、哲学は万人向けじゃない」サイモンが言った。
「じゃあ、私は?」晴が自問した。
乃愛が微笑んだ。「君はここにいる。すでに選んでる」
「選んでる?」
「考えることを。問うことを」
晴が頷いた。「でも、時々疲れる」
「それが正常」サイモンが言った。「思考は、エネルギーを使う」
乃愛が付け加えた。「だから、休むことも大切」
「休む?」
「考えない時間。ただ感じる時間」
晴が深呼吸した。「今みたいに?」
「そう」
サイモンが空を見た。「思考と無思考のバランス」
晴が聞いた。「じゃあ、最終的には?考えることは幸福に近づく?」
乃愛が慎重に答えた。「幸福への道は一つじゃない」
「でも、あなたにとっては?」
「私にとっては、近づく。でも、誰にでも勧めはしない」
サイモンが頷いた。「哲学は、ある種の覚悟がいる」
「覚悟?」
「真実と向き合う覚悟。不安と共存する覚悟」
晴が考え込んだ。「でも、それが自由でもある?」
「鋭い」乃愛が微笑んだ。「知ることは、選択肢を増やす」
「選択肢が増えると、悩みも増える」サイモンが付け加えた。
「でも、主体的に生きられる」
晴が頷いた。「じゃあ、私は考える」
「なぜ?」
「考えないでいることが、もうできないから」
乃愛が静かに言った。「それが、哲学の始まり」
サイモンが付け加えた。「そして、終わりがない」
晴が微笑んだ。「幸福かどうかは、分からない」
「でも、意味はある」
「それで十分?」
乃愛が頷いた。「十分」
三人は沈黙した。考えることは、幸福を保証しない。でも、生を深める。それが答えだった。