「頑張ったのに、落ちた」
晴が呆然としていた。オーディションの結果。
澪が隣に座った。珍しく、先に話しかけた。「努力は報われると思ってた?」
「当然」晴が答えた。「だって、誰よりも練習した」
サイモンが近づいてきた。「努力が必ず報われるとは限らない」
「そんなの、おかしい」
「おかしいかもしれない。でも、現実だ」
澪が静かに問うた。「なぜ努力すれば報われると思う?」
「だって...そうじゃないと不公平」
サイモンが説明した。「公正世界仮説という考え方がある」
「何それ?」
「世界は公正だと信じる心理的傾向。良い行いは良い結果を、悪い行いは悪い結果をもたらすと」
晴が頷いた。「それが普通じゃ?」
「でも、現実は違う」澪が言った。
「違う?」
「運がある。タイミングがある。他の要因がある」
サイモンが続けた。「君がどんなに練習しても、審査員の好みが違えば選ばれない」
「それって不公平」
「不公平だ」澪が認めた。「でも、公正さは人間の概念。世界には関係ない」
晴が抵抗した。「じゃあ、努力は無意味?」
「無意味じゃない」サイモンが答えた。「でも、努力と結果は直線的に対応しない」
「どういうこと?」
澪が説明した。「努力は必要条件。でも、十分条件じゃない」
「わかりにくい」
「努力しなければ絶対成功しない。でも、努力しても必ず成功するわけじゃない」
晴が考え込んだ。「じゃあ、何のために努力する?」
「良い問い」サイモンが微笑んだ。
澪が静かに答えた。「結果のためじゃなく、過程のため」
「過程?」
「努力を通じて、自分が成長する。それが報酬」
晴が疑問を持った。「でも、結果も欲しい」
「当然」サイモンが言った。「結果を求めること自体は悪じゃない」
「じゃあ?」
「結果に執着しすぎると、努力の意味を見失う」
澪が補足した。「結果は、部分的にしかコントロールできない」
「コントロールできない?」
「努力はコントロールできる。でも、結果は運や環境も影響する」
サイモンが哲学的に問うた。「では、何をコントロールすべき?」
晴が考えた。「...努力そのもの?」
「そう。ストア派哲学者エピクテトスは言った。自分でコントロールできることと、できないことを区別しろと」
「区別...」
澪が続けた。「結果を望むのは自然。でも、結果に幸福を依存させると不安定になる」
「じゃあ、どうすれば?」
「努力そのものに価値を見出す」サイモンが答えた。
晴が少し理解した。「でも、それって慰め?」
「慰めかもしれない」澪が認めた。「でも、真実でもある」
「真実?」
「努力を通じて得たスキル、経験、自己理解...それは消えない」
サイモンが例を挙げた。「今回のオーディションで、君は何を学んだ?」
晴が考えた。「...自分の弱点。改善点。舞台での感覚」
「それが報酬だ」
「でも、受かりたかった」
「もちろん」澪が言った。「その悔しさも大事」
「悔しさ?」
「次への動機になる」
サイモンが頷いた。「努力が報われるかどうかは、定義による」
「定義?」
「『報われる』を『望んだ結果が得られる』と定義すれば、報われないことがある。でも、『成長する』と定義すれば、必ず報われる」
晴が笑った。「言葉遊びみたい」
「でも重要」澪が言った。「言葉が現実を作る」
「現実を作る?」
「『報われなかった』と思えば、全てが無駄に感じる。『成長した』と思えば、意味が見える」
サイモンが最後に言った。「努力は、結果への投資じゃなく、自分への投資」
晴が深呼吸した。「じゃあ、次も頑張る」
「なぜ?」澪が聞く。
「成長したいから。結果も欲しいけど」
「それがバランス」サイモンが微笑んだ。
「努力は報われる。ただし、予想した形とは限らない」澪が静かに言った。
窓の外、夕日が沈む。努力の痕跡は、必ず残る。形を変えて。
「報われ方は、自分で決める」晴が呟いた。
「その通り」二人が答えた。