「日和さん、大丈夫?」
空が心配そうに聞いた。日和の顔色が良くない。
「大丈夫です」日和が微笑んだ。でも、その笑顔はいつもより弱々しかった。
レオが観察していた。「疲れているように見える」
「少し...友達の相談に乗っていて」
空が聞いた。「また?今週三人目じゃない?」
日和が頷く。「みんな、辛そうで...」
「あなたも辛そうだ」レオが率直に言った。
日和が驚いた。「私は平気です。他の人のほうが大変だから」
「それが問題かもしれません」レオが指摘した。
「どういうこと?」空が聞く。
「共感疲労」レオが答えた。「他者の感情に過度に同調することで、自分が疲弊する状態」
日和が否定しようとした。「でも、困っている人を放っておけません」
「放っておけとは言っていない」レオが説明した。「でも、自分を犠牲にする必要はない」
空が理解した。「日和さん、自分の限界を超えてる?」
日和が少し黙った。「...わかりません」
レオが静かに言った。「境界線という概念がある。自分と他者の間に引く、心理的な線だ」
「境界線?」
「どこまで自分が関わるか、どこで線を引くかを決めること」
空が付け加えた。「日和さんは、その線がないのかも」
日和が考え込む。「でも、線を引いたら、冷たいと思われませんか?」
「それは誤解です」レオが答えた。「健全な境界線は、関係を守るために必要なもの」
空が例を挙げた。「飛行機の酸素マスクと同じ。自分が先につけないと、他人を助けられない」
日和が少し驚いた表情をした。
レオが続けた。「あなたが疲弊すれば、誰も助けられない。自分のケアは、他者への奉仕の前提だ」
「自分のケア...」日和が呟いた。
空が聞いた。「日和さん、最近、自分のために何かした?」
日和が考える。「...思い出せません」
「それが問題だよ」空が優しく言った。
レオが説明した。「セルフケアは、利己的ではない。持続可能な支援のために必要なこと」
日和が静かに言った。「でも、断ったら、友達が傷つくかもしれません」
「断り方の問題です」レオが答えた。「『今は余裕がない』と正直に言えばいい」
空が賛成した。「本当の友達なら、理解してくれるよ」
日和が不安そうに聞く。「でも、私がいないと、その人はどうするんでしょう」
レオが真剣に言った。「それは、その人の問題だ。あなたが全責任を負う必要はない」
「でも...」
「日和さん」空が言った。「あなたは救世主じゃない。一人の人間だよ」
日和が涙をこらえた。「私、誰かの役に立ちたくて」
「それは素晴らしい」レオが認めた。「でも、自分を壊してまでやることじゃない」
空が静かに言った。「やさしさは、自分を含むべきだよ」
日和が少し泣いた。久しぶりに、自分の感情を表に出した。
レオが水を持ってきた。「共感と同情は違う」
「どう違うんですか?」日和が聞く。
「共感は、相手の感情を理解すること。同情は、相手の感情に飲み込まれること」
空が補足した。「共感は健康的。同情は、両方を傷つける」
日和が理解し始めた。「私、同情していたのかもしれません」
「おそらく」レオが頷いた。「相手の苦しみを、自分のものにしていた」
日和が深呼吸した。「どうすれば、健全な共感ができますか?」
「距離を保つこと」レオが答えた。「相手を理解しながら、自分の感情を守る」
空が例を挙げた。「セラピストは、クライアントに共感するけど、同化はしない」
日和が頷いた。「理解しました。境界線が必要なんですね」
「そうです」レオが確認した。「そして、それは自分と他者の両方のためです」
空が微笑んだ。「日和さんのやさしさは大切。でも、自分へのやさしさも忘れないで」
日和が小さく笑った。「ありがとう。今日、大切なことを学びました」
レオが言った。「やさしさに傷つく時、それは境界線を見直すサイン」
三人は静かに座っていた。真のやさしさとは、自分を含む全ての人への配慮だと、今日理解した。