「陸、今日何時に起きた?」
由紀が聞いた。放課後の部室で、三人は雑談していた。
「6時半。珍しく早起きした」
「え!びっくり」由紀が驚いた。
「俺も驚いた。目覚ましより早く目が覚めた」
葵が面白そうに割り込んだ。「今、由紀と陸は『驚き』を共有したね」
「共有?」
「由紀は『陸が早起き』という情報に驚いた。陸自身も驚いてる。つまり、同じ事象に対して、情報を感じてる」
由紀が考えた。「これって、情報理論的に意味があるんですか?」
「大いにある。相互情報量という概念だ」
葵はノートに式を書いた。「I(X;Y) = H(X) - H(X|Y)」
「XとYが、どれだけ情報を共有してるか」
「具体的には?」陸が聞く。
「由紀が陸の行動から何を学べるか。逆に、陸が由紀の反応から何を学べるか」
「うーん、抽象的だな」
「じゃあ、実例で」葵が続けた。「陸が早起きした(X)。由紀が驚いた(Y)。この二つは独立?」
「独立じゃない」由紀が答えた。「陸が早起きしたから、私が驚いたんです」
「そう。XとYには相関がある。だから相互情報量は正だ」
「でも、もし陸がいつも早起きなら?」
「由紀は驚かない。XとYの相関が弱くなり、相互情報量が減る」
陸が理解した。「つまり、珍しいから驚きを共有できたってこと?」
「正確。相互情報量は、相関の強さを測る」
由紀がノートを見た。「I(X;Y)が大きいほど、共有してる情報が多い」
「逆に、I(X;Y)=0なら、XとYは独立。片方を知っても、もう片方について何も学べない」
陸が例を出した。「俺が早起きしたことと、今日の天気は独立だな」
「そう。関係がない」
「でも」由紀が言った。「陸くんが早起きしたことと、テストがあることは?」
「関係ある!」陸が認めた。「テスト前は早起きする確率が上がる」
「なら、相互情報量は正。由紀が『陸が早起き』を知れば、『テストがある』と推測できる」
「情報が伝わってる」
葵が補足した。「通信理論では、この相互情報量が、通信路を通じて伝わる情報量の上限になる」
「シャノンの通信路容量ですね」由紀が思い出した。
「正解。C = max I(X;Y)。送信Xと受信Yの相互情報量を最大化する」
陸が質問した。「じゃあ、人間関係でも相互情報量って測れる?」
「面白い視点だ」葵が興味を示した。
「仲良しほど、相互情報量が大きい。片方の行動から、もう片方の気持ちを推測できる」
由紀が続けた。「逆に、初対面は相互情報量がゼロに近い」
「だから、会話を通じて情報を交換する。相互情報量を増やす過程が、関係構築だ」
陸が真剣に考えた。「深いな。『分かり合う』って、相互情報量を高めることなのか」
「一つの解釈としてはね」
由紀が笑った。「私たち三人は、もう相互情報量が高そうですね」
「そうだな。由紀の言い方で、何を考えてるか大体分かる」陸が言った。
「陸くんも。行動パターンが読めてきました」
「予測可能ってこと?俺のエントロピー下がってる?」
「エントロピーは変わらない。でも、条件付きエントロピーH(X|Y)は下がってる」
葵が説明した。「陸の行動Xは相変わらずランダムだけど、由紀が陸を観察した後の不確実性は減る」
「なるほど。相互情報量I(X;Y)=H(X)-H(X|Y)だから、観察で不確実性が減った分が、相互情報量なんだ」
「完璧な理解だ」
三人は満足げに頷いた。
「今日も、驚きを共有できたね」由紀が言った。
「相互情報量を蓄積してる」陸が笑った。
窓の外で鳥が鳴く。共有された驚きは、絆になる。情報は、人をつなぐ。