「同じDNAなのに、なんで細胞の種類が違うんですか?」
奏が質問した。
ミリアが答えた。「エピジェネティクス。DNA配列は同じでも、発現のパターンが違う」
「発現のパターン?」
零が説明した。「どの遺伝子をONにして、どれをOFFにするか。それがメチル基の仕事の一つ」
「メチル基?CH3のことですか?」
「そう。小さいけど、大きな影響を持つ」
透真が興味を示した。「どこに付くの?」
「主にシトシンという塩基。CpGアイランドと呼ばれる領域に多い」
ミリアが図を描いた。「メチル基が付くと、その遺伝子は読まれなくなる。スイッチがOFFになる」
「なぜ読まれなくなるんですか?」奏が聞いた。
零が答えた。「メチル化されたDNAには、特定のタンパク質が結合する。それがクロマチンを凝縮させて、転写因子が近づけなくする」
「物理的にブロックするんですね」
「そう。DNAの情報は変わらないけど、読み取りが制御される」
透真が考えた。「じゃあ、メチル化のパターンが細胞ごとに違う?」
「正解。神経細胞と肝細胞では、メチル化パターンが全く違う」
ミリアが補足した。「発生の過程で、メチル化パターンが確立される。一度決まると、細胞分裂しても維持される」
「でも、どうやって維持するんですか?」
零が説明した。「DNAメチル基転移酵素、DNMTという酵素がある。DNA複製の時に、新しい鎖にもメチル基をコピーする」
「コピー?」
「親鎖がメチル化されていたら、娘鎖にも同じ位置にメチル基を付ける。これで記憶が継承される」
奏が驚いた。「DNAの配列じゃない記憶が、受け継がれるんですね」
「それがエピジェネティクスだ」ミリアが言った。「遺伝子の上に書かれた情報」
透真が質問した。「でも、変わることもあるんでしょ?」
「ある。環境や生活習慣で、メチル化パターンは変化する」
「どんな風に?」
零が例を出した。「ストレス、食事、化学物質。これらがメチル化を変える可能性がある」
「じゃあ、親の環境が子に影響する?」
ミリアが頷いた。「一部は。生殖細胞のメチル化が、次世代に伝わることもある」
「遺伝子は変わらないのに、形質が伝わる」奏がまとめた。
「ラマルクの進化論みたい」透真が言った。
「表面的には似てるけど、メカニズムは違う」零が訂正した。「獲得形質そのものは遺伝しない。でも、遺伝子発現のパターンは、ある程度遺伝し得る」
ミリアが深刻な表情になった。「がんでも、メチル化の異常が重要。がん抑制遺伝子がメチル化されてOFFになることがある」
「遺伝子は正常なのに?」
「そう。配列は変わってないけど、機能しない。これもがんの原因の一つ」
奏が真剣に聞いた。「治せるんですか?」
「脱メチル化剤という薬がある。異常なメチル化を取り除く試みがされてる」
零が補足した。「でも難しい。正常なメチル化まで外してしまう可能性があるから」
透真がまとめた。「メチル基は小さいけど、遺伝子のスイッチを制御する。細胞の運命を決め、世代を超えて影響する」
「完璧な理解だ」ミリアが認めた。
奏が言った。「今日も、私たちの細胞の中で、メチル基が動いてるんですね」
「そう。見えないけど、確実に働いている」
四人は、エピジェネティクスの不思議な世界に思いを馳せた。