「日和さん、疲れてませんか?」
空が心配そうに聞いた。いつも穏やかな日和だが、今日は違う。
「大丈夫よ」日和が微笑む。でも、その笑顔は少し固い。
ミラが静かに観察していた。そして、ノートに書いた。「無理してる」
日和が驚いて、ミラを見た。
空が優しく言った。「話してもらえませんか?何かあったんですよね」
日和が溜め息をついた。「...実は、最近、友達の相談を立て続けに受けて」
「それは日和さんらしいですね」
「でも、疲れた。自分の感情を押し殺して、ずっと聞き役に回ってた」
ミラがまた書いた。「感情抑制」
空がノートに整理した。「感情を抑えすぎることの影響について、心理学では研究されていますよね」
日和が頷いた。「感情抑制は、短期的にはうまく機能する。でも、長期的には心身に悪影響を及ぼす」
「具体的には?」空が聞く。
「ストレスの蓄積、燃え尽き症候群、身体症状の出現。抑圧された感情は、別の形で表れる」
ミラが自分の経験を書いた。「頭痛、胃痛」
「そう」日和が認めた。「心と体は繋がっている。心の問題が、体の症状として現れることがある」
空が考えた。「でも、感情を全部表に出すのも、問題ですよね?」
「そこがバランスの難しさ」日和が説明した。「感情労働という概念がある」
「感情労働?」
「仕事や役割のために、自分の本当の感情を隠して、期待される感情を表現すること」
空が理解した。「接客業の人が、いつも笑顔でいるような?」
「そう。そして、聞き役に回る私も、ある意味、感情労働をしている」
ミラが書いた。「表面演技と深層演技」
日和が補足した。「表面演技は、感情を偽る。深層演技は、実際に感情を変えようとする。どちらも、エネルギーを消耗する」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」空が聞く。
「まず、自分の感情に気づくこと。そして、適切な方法で表現すること」
ミラが小さく頷いた。
日和が続けた。「感情を抑圧するのではなく、受容する。『今、私は疲れている』『今、私は悲しい』と認める」
「認めるだけで、楽になりますか?」空が疑問を呈した。
「驚くほど楽になる。なぜなら、感情を抑えるために使っていたエネルギーが解放されるから」
ミラが書いた。「感情の言語化」
「正確」日和が頷いた。「感情に名前をつけることで、感情を客観視できる。そして、コントロール感が生まれる」
空がノートに書き込んだ。「感情を感じることと、感情に支配されることは違う」
「その通り。感情を感じることは、人間として自然なこと。大切なのは、感情を認めた上で、どう対処するか」
ミラが日和を見て、書いた。「休んでいい」
日和が少し涙ぐんだ。「ありがとう」
空が言った。「日和さんは、いつもみんなの話を聞いている。でも、日和さん自身の感情も大切です」
「分かってる。でも、弱音を吐くのが苦手で」
「それも、完璧主義の一種かもしれません」空が指摘した。
日和がハッとした。「確かに...いつも強くいなければ、と思ってた」
ミラが書いた。「弱さを見せる勇気」
「弱さを見せることは、弱いことじゃない」空が言った。「むしろ、自分に正直である強さです」
日和がゆっくり頷いた。「感情を抑えすぎていた。それが、弱い自分を受け入れられない理由だったのかも」
「感情を表現することで、何が起こると恐れてるんですか?」空が聞いた。
日和が考えた。「拒絶される、負担をかける、弱い人間だと思われる」
ミラが首を振った。そして書いた。「そんなことない」
「本当に大切な人は、あなたの感情を受け止めてくれます」空が保証した。
日和が深呼吸した。「実は...最近、すごく孤独を感じてた」
空とミラが静かに待った。
「みんなの話は聞く。でも、自分の話をする相手がいない。自分で作った壁だって、分かってるのに」
ミラが手を伸ばして、日和の手を握った。
空が言った。「私たち、ここにいますよ」
日和が涙を流した。「ありがとう。感情を抑えすぎて、自分が何を感じているのか、分からなくなってた」
「それは辛い経験でしたね」空が共感した。
日和が涙を拭いた。「でも、今、楽になった。感情を表に出すって、こんなに解放されることだったんだ」
ミラが微笑んで、書いた。「一緒に泣こう、一緒に笑おう」
「そうね」日和が穏やかに笑った。「感情を分かち合える関係。それが、本当の繋がりなのかもしれない」
空がノートに書いた。「弱い自分と仲良くなる。それは、感情を抑えない自分を認めること」
三人は静かに座っていた。感情を解放する、優しい時間だった。