「告白って、どれくらいの情報量があるんだろう?」
陸がぼんやりと空を見上げながら言った。屋上での昼休み、三人でお弁当を食べている。
「また変なこと考えてる」由紀が苦笑する。
「でも興味深い問題だ」葵が箸を置いた。「情報量は驚きに比例する」
「驚き?」
「そう。確率が低いイベントほど、起こったときの情報量は大きい」
陸が身を乗り出した。「じゃあ、誰が誰に告白するかで、情報量が変わる?」
「理論的にはね。例えば、明らかに両想いのカップルが告白し合っても、情報量は少ない」
「だって、予想できるから」由紀が理解した。
「正確に。I(x) = -log₂(p)。確率pが高いほど、自己情報量I(x)は小さい」
陸が考え込んだ。「逆に、絶対ありえないと思ってた人から告白されたら?」
「情報量は爆発的に大きくなる。確率がほぼゼロだったから」
「驚きそのものが情報なんだ」
葵が頷いた。「だから情報理論では、エントロピーを『平均驚き』とも呼ぶ」
由紀がふと思いついた。「じゃあ、告白する前に、相手の気持ちを探るのは?」
「相互情報量の問題だ」葵がノートを開いた。「観測によって、不確実性がどれだけ減るか」
「例えば、相手の反応を見る。笑顔が多ければ、好意がある確率が上がる。それが相互情報量だ」
陸が笑った。「だから、みんな告白前にデートを重ねるのか。情報を集めてる」
「その通り。不確実性を減らしてから、最終的な告白をする」
「でも」由紀が言った。「情報を集めすぎると、告白自体の情報量が減りませんか?」
葵が感心した表情を見せた。「鋭い指摘。まさにトレードオフだ」
「完全に確信を持ってから告白すると、相手も予想してるから驚きが少ない」
陸が目を輝かせた。「逆に、いきなり告白すると、情報量は大きいけどリスクも高い?」
「そう。確率が低いということは、成功率も低い可能性がある」
葵が空を見上げた。「だから、適度な不確実性を残すのが美学かもしれない」
「適度な驚き」由紀が呟いた。
「情報理論では、期待値という考え方がある。全ての結果を確率で重み付けした平均」
「告白の期待値?」
「成功したときの喜びと、失敗したときの悲しみを、それぞれの確率で掛けて足す」
陸が真剣に考え始めた。「じゃあ、確率50パーセントくらいが最大の情報量?」
「エントロピーの観点からはそう。でも、期待効用を考えると、もう少し確率が高い方が良いかもしれない」
由紀がお茶を飲んだ。「結局、情報量だけで恋愛は測れないね」
「もちろん」葵が微笑んだ。「感情は、情報理論を超える」
「でも、告白が情報を伝達する行為だというのは面白い」陸が言った。
「そう。『好きです』という言葉は、内部状態を外部に開示する情報チャネルだ」
由紀が考え込んだ。「相手がその情報をどう解釈するかも、重要ですね」
「情報伝達の非対称性」葵が補足した。「送信側の意図と、受信側の解釈は必ずしも一致しない」
「だから、丁寧に言葉を選ぶ」
「冗長性を持たせて、誤解を防ぐ。誤り訂正符号みたいに」
陸が笑い出した。「告白にエラー訂正って、ロマンがないな」
「でも、大事だよ」由紀が言った。「想いを正確に伝えるには」
葵が静かに言った。「情報理論は、人間の営みを数学的に捉える。でも、その背後にある感情までは表現できない」
「数式の外にあるもの」
「そう。それを忘れずに、情報理論を使うべきだ」
チャイムが鳴った。昼休みの終わり。
「で、陸は誰に告白するの?」由紀がいたずらっぽく聞いた。
「え、俺?まだ情報収集中!」陸が慌てた。
葵が笑った。「不確実性を楽しんでるんだね」
三人は教室へと戻った。告白という名の情報伝達は、今日も世界のどこかで静かに行われている。