「俺たち、確率変数だったら面白いのに」
陸が突然言った。いつもの唐突さだった。
「どういう意味?」由紀が聞き返した。
「だって、ランダムに値が決まるんだぜ?毎日違う性格とか」
葵が笑った。「ある意味、人間はみんな確率変数かもしれない。行動が完全には予測できないから」
「確率変数って何ですか?」由紀が基本に戻った。
「ランダムな現象を数学的に表現したもの。例えば、サイコロの目は確率変数だ。1から6のどれかを取るけど、どれになるかは確率で決まる」
陸が興味を示した。「じゃあ、俺の遅刻も確率変数?」
「そうとも言える。『陸の到着時刻』という確率変数。期待値は9時10分、分散は10分くらい?」
「期待値?」
「確率変数の平均的な値。E(X) = Σ x・P(x)。各値に確率を掛けて合計する」
由紀が計算した。「サイコロなら、(1+2+3+4+5+6)/6 = 3.5」
「正解。サイコロの期待値は3.5。でも、実際には3.5は出ない」
陸が首をひねった。「出ない値が期待値?変な感じ」
「期待値は、長期的な平均だ。何度も試行すれば、平均が3.5に近づく」
葵が続ける。「そして、分散は『ばらつき』を表す。Var(X) = E[(X - E(X))²]。期待値からどれくらいズレるか」
「分散が大きいと、予測しにくい?」由紀が聞いた。
「そう。低分散なら、いつも期待値の近くに落ち着く。高分散なら、大きく外れることもある」
陸が考えた。「俺の到着時刻は、高分散だな。たまに8時に来たり、10時に来たり」
「まあ、そういうことだね」葵が苦笑した。
由紀がノートに書いた。「じゃあ、葵先輩の到着時刻は低分散?いつも正確だから」
「期待値も分散も小さい。予測可能性が高い確率変数だ」
陸が手を叩いた。「じゃあさ、俺たち三人で確率変数の会話劇しようぜ!」
「会話劇?」
「俺が高分散確率変数くん。葵先輩が低分散確率変数さん。由紀は…中間くらい?」
由紀が笑った。「確かに、私は極端じゃないかも」
葵が乗った。「面白い。では、高分散くん、君の次の行動は?」
陸が大げさに言った。「分かりません!僕は高分散なので、予測不可能です!」
「でも期待値はあるでしょ?」由紀が突っ込んだ。
「えーと、期待値は『普通にする』だけど、分散が大きいから、時々とんでもないことをする!」
葵が続けた。「私は低分散なので、いつも期待値通りに行動します。安定性が高いです」
「つまらなくない?」陸が聞いた。
「信頼性が高いとも言える。システム設計では、低分散が好まれることが多い」
由紀が加わった。「私は中分散。大体予測できるけど、たまに驚かせる」
「バランスが良い」葵が認めた。
陸がふと真面目になった。「でもさ、確率変数って、結局は確率分布で決まるんだよね?」
「鋭い。確率変数の性質は、その確率分布で完全に記述される。期待値も分散も、分布から計算できる」
「じゃあ、俺の『遅刻分布』を改善すれば、もっと信頼される?」
「統計的にはそうだ。でも、適度なランダム性も魅力かもしれない」由紀が笑った。
葵がまとめた。「確率変数は、不確実性を数学で扱う道具だ。人間の行動も、ある程度は確率変数としてモデル化できる」
「でも、完全に予測可能になったら、面白くないよね」陸が言った。
「そこが人間の良さだ。適度な不確実性が、関係を豊かにする」
由紀が頷いた。「確率変数としての私たち。期待値があって、分散があって、確率分布がある」
「それぞれ違う分布を持つから、会話が面白い」
三人の確率変数は、今日も部室で交差していた。