「明日の天気、決まってると思う?」
春が唐突に聞いた。レンとサイモンが顔を上げる。
「物理法則に従えば、原理的には決まっている」レンが答えた。
「じゃあ、未来は決まってるの?」
「決定論の問題だ」サイモンが割り込んだ。「古典物理学では、初期条件が決まれば未来は一意に決まる」
レンが補足する。「ラプラスの悪魔という思考実験がある」
「悪魔?」
「宇宙のすべての粒子の位置と運動量を知っている存在がいれば、未来も過去も完全に計算できる」
春が困惑した。「じゃあ、僕たちの選択も全部決まってるの?」
「決定論的にはそうなる」レンが言った。「脳も物理法則に従う」
「でも」サイモンが指を立てた。「量子力学は違う」
「量子力学?」
「量子レベルでは、確率的にしか予測できない。本質的な不確定性がある」
レンが慎重に言った。「それが自由意志の根拠になるかは議論がある」
「量子的ランダム性と自由意志は別の問題かもしれない」
春が頭を抱えた。「じゃあ、未来は決まってるの?決まってないの?」
サイモンが笑った。「両方とも正しいかもしれない」
「どういうこと?」
「視点の問題だ。神の視点からは決まっているかもしれない。でも、私たちの視点からは開かれている」
レンが哲学的に言った。「重要なのは、認識論的には未来は不確定だということ」
「認識論的?」
「私たちは未来を完全には知ることができない。だから、実践的には未来は開かれている」
春が少し安心した。「じゃあ、未来は書き換えられる?」
「書き換えるという表現が面白い」サイモンが考えた。「未来はまだ書かれていないから、書き換えるのではなく、書くんだ」
「でも、可能性には制約がある」レンが現実的に言った。
「例えば?」
「今日、僕が火星に行くことはできない。技術的、物理的制約がある」
サイモンが付け加えた。「社会的、経済的制約もある」
「じゃあ、未来は完全に自由じゃない」
「そう。限られた可能性の中から選ぶ」
レンが整理した。「未来は、過去と現在によって方向付けられている。でも、決定されてはいない」
「方向付けと決定の違い?」
「方向付けは、傾向を示すだけ。決定は、結果を固定する」
春が例を出した。「川の流れみたいに?流れに乗るけど、どう泳ぐかは自分で決める」
「良い比喩だ」サイモンが認めた。
「未来を書き換えるというより、未来を選び取る」
レンが深く考えた。「実は、書き換えという言葉には前提がある」
「前提?」
「すでに書かれた未来があるという前提だ。でも、未来はまだ存在しない」
サイモンが哲学的に言った。「時間は創造的だ。未来は、現在の行動によって生成される」
「ベルクソンの『持続』だね」
春が目を輝かせた。「じゃあ、僕たちは未来の創造者?」
「ある意味でね。でも、一人で全部を創造できるわけじゃない」
「他者も、社会も、自然も、未来を形作る」
レンが締めくくった。「未来は、多くの力の相互作用で生まれる」
「その中で、自分の力を行使することが、自由だ」
春が深く息をついた。「未来は書き換えられないけど、書き込むことはできる」
「そして、書き込む余地は常にある」サイモンが微笑んだ。
「それが希望だね」
三人は空を見上げた。未来という白紙のページは、今この瞬間も生まれ続けている。