「美緒は、いつも一人だね」
晴がサイモンに言った。美緒は遠くのベンチで本を読んでいる。
「彼女は孤独を選んでいる」サイモンが答えた。
「選んでる?強制じゃなくて?」
「孤独と孤立は違う」
晴が興味を持った。「どう違うの?」
「孤独は主体的。孤立は強制的」
「でも、どっちも一人じゃん」
サイモンが説明した。「外見は同じ。でも、内面が違う」
「内面?」
「孤独を選ぶ人は、自由を感じる。孤立させられた人は、疎外を感じる」
晴が考えた。「じゃあ、一人でいることの意味が違う」
「そう。サルトルは言った。『人間は自由の刑に処されている』」
「自由が刑?」
「選ばざるを得ない。選択から逃げられない」
晴が混乱した。「孤独も選択?」
「選択しないことも選択。美緒は積極的に一人を選んでいる」
美緒が少し近づいてきて、二人の隣に座った。珍しいことだ。
晴が驚いた。「美緒」
美緒は黙って、空を見ている。
サイモンが静かに言った。「彼女なりの参加だ」
「参加?」
「会話に加わらなくても、存在で参加できる」
晴が美緒を見た。確かに、そこにいる。
「孤独って、一人でいることじゃないかも」晴がつぶやいた。
サイモンが頷いた。「ポール・ティリッヒは、孤独を三つに分けた」
「三つ?」
「孤立、孤独、solitude」
「最後のは?」
「日本語だと『独りの時間』。創造的で豊かな一人の時間」
晴が理解し始めた。「美緒のは、それ?」
「たぶん。彼女は solitude を楽しんでいる」
美緒が小さく頷いた。
「でも」晴が質問した。「人間は社会的な生き物でしょ?一人でいることは不自然じゃない?」
「アリストテレスはそう言った。『人間はポリス的動物』」
「じゃあ、孤独は悪?」
サイモンが微笑んだ。「でも、同じアリストテレスが『友人を持つには、まず自分自身の友でなければならない』とも言った」
「自分自身の友?」
「自己との対話。それには孤独が必要だ」
晴が窓を見た。「矛盾してない?」
「矛盾じゃない。バランスだ」
美緒がノートに書いた。「孤独⇄つながり」
サイモンが読んだ。「行ったり来たり。どちらも必要」
晴が質問した。「でも、孤独すぎると病む人もいる」
「それは孤立。強制的で、選択肢がない」
「じゃあ、選べる孤独は健康的?」
「カール・ロジャーズは、自己一致を重視した。他者の期待から離れて、自分自身でいる時間」
晴が理解した。「それが孤独の価値」
「一つの価値。でも、全てではない」
美緒が立ち上がり、また元のベンチに戻った。
晴が聞いた。「行っちゃった」
「彼女の solitude の時間だ」サイモンが言った。「尊重すべき」
「でも、寂しくないのかな」
「寂しさと孤独は違う。寂しさは欠如の感覚。孤独は充足の可能性」
晴が深呼吸した。「難しい」
「人間関係の哲学は難しい。つながりと自律のバランス」
「美緒は、バランスを取ってる?」
「彼女なりに。でも、外から見て判断するのは難しい」
晴が質問した。「じゃあ、孤独は選べるの?選べないの?」
サイモンが慎重に答えた。「状況による。社会的疎外を受けている人は、選択肢が限られる」
「経済的、文化的な制約」
「そう。だから、『孤独を選ぶ自由』自体が特権かもしれない」
晴が驚いた。「特権?」
「安全で、基本的な人間関係があるから、一人になる選択ができる」
「美緒は、恵まれてる?」
「ある意味では。孤独を楽しむには、孤独じゃない時間も必要だ」
晴が笑った。「矛盾だらけ」
「人間は矛盾だらけ」サイモンが認めた。
美緒が遠くで本を読んでいる。孤独か、solitude か、それは彼女だけが知っている。
晴が静かに言った。「孤独は選べる。でも、選ぶ自由があることに感謝すべき」
「良い結論だ」サイモンが頷いた。
二人は静かに美緒を見守った。彼女の孤独を、尊重しながら。